主要目次 2019.04.03 15:48 https://niwasaburoo.amebaownd.com   まえがき     0.はじめに 第1部 単文(1)基本述語型     1.基本述語型の概観     2.名詞文         3.形容詞文        4.動詞文         5.名詞・名詞句      6.補語のまとめ      7.格助詞のまとめ     8.格助詞相当句      9.「は」について     10.修飾語     11.副詞          12.擬音・擬態語     13.数量表現       14.形式名詞       15.指示語         16.疑問語と不定語     17.比較構文        18.副助詞         19.終助詞           第2部 単文(2)複合述語     20.複合述語          21.活用・活用形     22.文体について     23.テンス     24.アスペクト     25.ボイス     26.複合動詞     27.補助動詞・形容詞     28.機能動詞     29.敬語     30.ムードについて     31.依頼など     32.勧誘・意志     33.勧め・忠告     34.命令表現     35.禁止・許可     36.義務・必然・不必要     37.希望     38.推量・様子・伝聞     39.断定・確信     40.その他のムード     41.感嘆表現     42.疑問文     43.否定     44.単文のまとめ  第3部 複文     45.複文について     46.並列など     47.逆接     48.時      49.条件     50.理由     51.目的     52.様子     53.程度・比較・限定     54.その他の連用節     55.連用のまとめ     56.連体節     57.名詞節     58.引用     59.複文のまとめ  第4部 連文       60. 文のつながり     61. 情報のつながり     62. 文どうしのつながり まえがき 2019.02.09 11:19 まえがき  この本は日本語の文法の本です。  日本語というと、万葉集や源氏物などの古代の言葉も、日本の各地で話されている方言も、みなすべて日本語ですが、この本で扱えるのは現代日本の東京の言葉だけです。  そうする理由は、現代東京方言が言語学的に他の方言より重要だというわけではありません。現在の共通語になっているため、日本語教育で中心的に教えられる方言であり、また現代の文章語の基本になっているということによります。  文法とは、文を作るための法、つまり規則のことです。  日本語ができるということは、日本語を聞き、話し、読み、書くことができるということですが、その人の頭の中には、日本語を正しく理解し、使うためのさまざまの知識がつまっています。文法の規則もその中の一つです。 この本は、現代日本語の文法をできるだけわかりやすく、体系的に説明しようとする本です。  この本の大きな特徴は、日本語教育を強く意識した文法書だということです。日本語学習者が日本語の文法を少しずつ身につけていくためにはどんな文法記述が必要なのだろうか、ということを考えながら書きました。つまり、日本語教育のための実用文法でもあることをめざしました。  そのため、日本語教科書によくみられる、いわゆる「文型」の積み上げ方式にしたがって文法事項を説明していくことにしました。学習がやさしい、基本的な文型から、だんだん複雑な文型へと進みます。また、最初の予備的な説明は別として、初めから「文」を扱います。  この本は、読者として、日本語教育に関心のある、まとまった文法の知識のない人、を想定しています。例えば、中学・高校で国語の文法(国文法・学校文法)をいちおうは習っていても、わかった気がしなかった、そしてまた、英語の時間に英文法を習い、その用語をいくつか記憶しているが、国語の文法との共通点および相違点がよくわからない、というような人です。  これまでにもいくつかの優れた文法書が出版されていますが、それらを読んでも難しくてわからなかった人、あるいは記述が短くて物足りなかった人、そのような人たちにも満足してもらえるように、と思って書きました。 0.はじめに 2019.02.09 11:29 0.はじめに   0.1 品詞   0.2 いくつかの用語 [文・単語][述語・補語][修飾][基本形][句・節][分析の対象]   0.3 「補語-述語」と「主題-解説」   0.4 文の種類   0.5 これからの予定   記号・略号の説明 [補説§0] この本は日本語教育のために、現代日本語の文法を考える本です。 この本では「単語」よりも「文」を重視します。ですから、初めから「文」を扱います。現実に日本語を使う場合、「文」が基本の単位になりますし、日本語教育でも、教科書の第一課から「文」の形で入っていくことが多いからです。日本語にはどんな「文」の型、「文型」があるのかを考えます。 「単語」をその形の特徴・文の中での働きによって分類したものを「品詞」と言います。文法の本は、この品詞の意味用法の解説(「第一章 名詞」というように)から始めることが多いのですが、この本ではそうしません。 とはいっても、「文」を説明する時には、どうしても品詞名を使わなければなりませんし、その品詞名がわからないと、説明もわからなくなります。それで、ここでほんの少しだけ品詞についての紹介をしておきます。 0.1 品詞 この本で使う主な品詞名は次のようなものです。かんたんな説明と、語例をつけておきます。(下線を引いた文法用語は、すぐ後で説明をします。) 名詞・・・・後に「が」「を」「に」などがついて、補語になる。述語になる場合は「だ」がつく。「代名詞」も含む。   例 ・日本 ・ 佐藤 ・ 木 ・ 愛 ・ 動き ・ 重さ ・ もの ・ こと ・ 私 ・ あれ ナ形容詞・・・・述語になり、基本形が「-だ」で終わる。 また、名詞の前に来る場合は「-な」の形になる。   例 ・きれいだ ・ 親切だ ・ ひまだ ・ かんたんだ / 親切な人 イ形容詞・・・・述語になり、基本形が「-い」で終わる。基本形のままで名詞の前にも置ける。   例 ・大きい ・ やさしい ・ 悲しい ・ ない / 大きい本  (単に「形容詞」と言った場合は、ナ形容詞・イ形容詞の両方を指します) 動詞・・・・述語になり、基本形が「-u」で終わる。   例 ・書く ・ 壊す ・ 悲しむ ・ できる ・ いる ・ ある 副詞・・・・述語を修飾する。   例 ・ゆっくり ・ とても ・ ずっと ・ まだ ・ たぶん ・ なるべく 連体詞・・・・名詞を修飾する。   例 ・その ・ こんな ・ あらゆる ・ ある ・ ろくな ・ たいした 接続詞・・・・文と文、名詞と名詞などをつなぐ。   例 ・そして ・ けれども ・ さて ・ なぜならば ・ および ・ または 助動詞・・・・述語の後につき、さまざまな意味を加える。   例 ・らしい ・ そうだ ・ だろう ・ まい  (助動詞の範囲については、「補説§0-5」を見てください) 助詞・・・・名詞について、述語との関係を示したり、語と語をつないだり、述語の後につけて意味を加えたりする。   例 ・が ・ を ・ に ・ の ・ と ・ から ・ より ・ ので ・ は ・ も ・ ね 感動詞・・・・呼び掛けや応答・あいさつのことばなど、文の他の部分から独立したことば。   例 ・ねえ ・ はい ・ いいえ ・ こんにちは ・ さようなら ・ じゃ 0.2 いくつかの用語 [文・単語][述語・補語][修飾][基本形][詞・句・節][分析の対象] 品詞の説明の中に、他の専門用語が出てしまいました。基本的な術語の説明に他の術語が出てしまうと、結局堂々めぐりになってしまうのですが、うまく避けることは難しいことです。  ここで、それらを含めて、文の成分(全体を構成する部分)と、成分同士の関係についてのいくつかの用語をかんたんに説明しておきます。 [文・単語]  「文」「単語」という概念は、文法全体の基礎になるもので、多くの議論があるところです。(基本的な概念ほど、実は根本的な問題を多く含むものだということは、他の学問分野にも共通してみられることです。)  ここでは、そういう議論には踏み込みません。常識的な共通理解があるものとして、話を先に進めます。(なお、どんな問題があるのかに興味のある方は本の終わりに付けた「補説§0-4」を見てください。)  さて、上に出て来た専門用語の中でまず説明をしておきたいものは、「補語」「述語」「修飾」と「基本形」の四つです。 [述語・補語] おそらく、世界のどの言語にも、動詞のようなものと、名詞のようなものがあると思われます。そして、その動詞と名詞とを組み合わせて文を作り、外界の事象や自分の意思・感情などを表現していると考えられます。その、文の中心になる動詞を、文の成分としては「述語」と言い、動詞と一緒になって事がらを表現する名詞を「補語」と言います。  この「述語」になれる品詞は、言語によって違います。日本語の場合は、形容詞や「名詞+だ/です」も述語になることができますが、英語では名詞や形容詞も「be動詞」という動詞が必要ですから、述語は全部動詞だと言えます。また、朝鮮語の文法は日本語と似たところが多いのですが、形容詞が動詞の中の下位分類として見なせる点が違います。  日本語では文の終わりに述語があり、その前に補語がいくつか並びます。つまり、大まかに表せば次のようになります。      補語(+補語)+述語  日本語で補語になるのは「名詞+助詞」の形が普通です。   例1 昨日、駅前で火事があった。 この例では、動詞「あった」が述語、「昨日・駅前で・火事が」はすべて補語です。補語には必須のものと副次的なものがあります。述語「あった」に対して「火事が」は必須です。「あった」だけでは(文脈・場面で補われない限り)一つの文としてある事柄を表しているとは言えませんが、「火事があった」とすれば、一つの事柄の描写として成り立ちます。 それに対して「昨日・駅前で」は付加的な情報で、補語として副次的なものです。よりくわしく事柄を説明していますが、それがないと文が成立しないというものではありません。(これは、文の構造についての話であって、実際にその文が使われる場面で、何が重要な情報か、という話とは別です。くわしくは「4.3.1 補語の型」や「4.5.1 所デ」を見てください。)  必須補語は「Nが」だけではありません。「行く」では「Nが・Nへ/に」、「食べる」では「Nが・Nを」が必須補語です。補語については「4.動詞文」と「6.補語のまとめ」でくわしく取り扱います。 単語の分類である「品詞」と、「文の成分」の呼び名である「述語」や「補語」との関係がわかりにくいかもしれません。建物でたとえれば、「材木」という材料が、家の成分(部分)としては「柱」になったり、「床板」になったりするようなものです。また逆に、「床」という成分は、場合によって「材木」だったり「タイル」という材料だったりするわけです。文の場合は、「補語」や「述語」が「成分」の呼び名で、それを形作る材料が「名詞」や「動詞」という「品詞」です。例を下にあげます。      私の      辞書は     ここに    あります。     名詞+助詞    名詞+助詞    名詞+助詞    動詞+接辞   [品詞]     修飾語     補語      補語     述語     [文の成分]    (「ます」のところの「接辞」については「補説§0-5」を見てください。) [修飾] 「修飾」というのは、ある言葉が他の言葉をくわしく説明したり、限定したりすることを言います。例えば、次の例では「その」が「火事」を、「やって来た」が「消防車」を、「すぐに」が「消し止められた」を、それぞれ修飾しています。そして、「修飾語」という文の成分になっています。   例2 その火事は、やって来た消防車によってすぐに消し止められた。  修飾についてのくわしい話は「10.修飾」でします。 [基本形] それから、「基本形」という用語について。これは、動詞や形容詞のように文の中での使われ方によって形が変化する言葉の、他の形の用法と対立する、最も機能の多い形につけられた名前です。動詞や形容詞の形の変化と(これを「活用」と呼びます)その使われ方については、「21.活用・活用形」で述べます。動詞とイ形容詞の基本形は、辞書に使われているので「辞書形」と呼ばれることも多いです。ただし、ナ形容詞だけは基本形から「だ」をとった形が辞書に載せられています。 [句・節]  次に、文の分析の単位についての用語を二つ。  「句」とはいくつかの単語がまとまってある品詞と同じような働きをするものに使われます。名詞句・副詞句の例を下にあげます。    本         名詞    私の本      名詞+助詞+名詞   名詞句    ゆっくり      副詞    とてもゆっくり  副詞+副詞      副詞句   「節」は、「補語+(修飾語)+述語」のまとまり、つまり文に相当するようなまとまりが文の一部となったものを呼びます。くわしくは「45.複文について」以下を見てください。   [分析の対象]  なお、分析の対象とするのは、現代日本語(東京方言)の話し言葉(ただし、比較的整った形の、つまり初中級の日本語教科書の会話のような)、及び話し言葉に近い書き言葉(初中級の日本語教科書の読解のための文のような)とします。本当の、録音された会話や、複雑な、かなり凝った書き言葉の文章などを分析する場合の問題は、この『概説』が扱える範囲を超えています。  また、「話し手」という言葉で、文章の「書き手」も含めて言うことにします。また、「聞き手」という言葉で「読み手」も含めて言います。 0.3 「補語-述語」と「主題-解説」 上で、「補語」と「述語」という用語を紹介しました。この「補語-述語」の関係が、基本的な文の骨組みとなります。文というものは何かを述べているものです。その文を形作るさまざまな成分の中で、述語が何かを「述」べる中心になる語で、補語はそれを「補」う語です。そのほかのもの、例えば「修飾語」は、文の骨組みという点では、副次的なものです(補語の中にも副次的なものがあります)。先ほどの例、      その火事は、やって来た消防車によってすぐに消し止められた。 で言えば、「消し止められた」がなければそもそも文になりませんが、「すぐに」はなくてもいいものです。     ×その火事は消防車によってすぐに。      その火事は消防車によって消し止められた。  また、必須補語がなければ、(文脈などからわからない限り)そもそもどういう事柄なのかわかりません。     ?消防車によってすぐに消し止められた。 しかし、「補語-述語」以外に、文の構造に関するもう一つの重要な見方があります。でき上がった文の、いわば静止した状態の骨組みではなく、その文が文脈(話の流れ)の中でどのように使われているか、という点に注目することから見えてくる構造です。上で使った例をもう一度出します。    昨日、駅前で火事があった。    その火事は、やって来た消防車によってすぐ消し止められた。 初めの文では「火事があった」と起こった事がらをそのまま述べています。2の文では、その「火事」を取り上げて、それについて説明を加えています。そのことは、2の文を次の3の文と比べるとはっきりします。    消防車がやって来て、すぐその火事を消し止めた。 この文は、2の文とは違い、1の文と同じように、起こった事がらをそのまま述べています。この3の文を1の文に続けると、      (何が起こった?)      「火事があった」      (次に何が起こった?)      「消防車が火事を消した」 というつながりになります。 2の文は違います。「火事」を話の中心にして、それに対する疑問に答えています。2の文は、1の文を受けて、      (何が起こった?)      「火事があった」      (火事はどうなった?)      「火事は消防車によって消された」 というつながりを作ります。 この例の「火事は~」のように、ある語を取り上げて、それについて何かを述べるような形の文を「主題-解説」型の文、略して「主題文」と呼びます。そしてこの「火事は」のような「名詞+は」を「主題」と呼びます。以上のように考えると、日本語の文は、2のような主題文と、1や3のような主題のない文、「無題文」の二つに大きく分けられることになります。 以上のように、「補語-述語」という文の骨組み以外に「主題-解説」というとらえ方で日本語の文について考えることは、非常に重要なことです。そうすることによって、上の例2と例3の違いを知り、それらをうまく使い分けるための規則、つまり主題文と無題文を適切に使うための文法を記述することができるのです。  上の例2では、「火事は」はこの文の主題であると同時に、「消された」という述語の補語になっています。二つの機能を果たしているのです。この二つの機能の重なりを理解することが、日本語の文の構造を理解する上で必要なことになります。  たぶん、英語などの文法では、このような考え方をあまりしなかったと思います。それは、英語などではこの「主題-解説」という構造がはっきりした形で表されないからです。日本語では、「名詞+は」という、非常によく使われる形がこの「主題」を示す役割を持っています。日本語の文法を考えるには、そのことに特に注目する必要があります。 0.4 文の種類 文の種類についても少し考えておかなければなりません。上で、「主題文」「無題文」という聞き慣れない用語を使いましたが、もっと一般的な文の分類があります。外国語を勉強すると、「疑問文・命令文・否定文」などという呼び方が出てくると思います。それらの他にもいくつかの「~文」があり、整理すると、次のようになります。  文の(対人的)機能によって   平叙文   例  私は行きます   疑問文     あなたは行きますか   命令文    (君が)行け  判断の肯否   肯定文   私は行きます   否定文   私は行きません  述語の品詞によって   名詞文   私は日本人です   形容詞文  私は頭が悪いです   動詞文   私は行きます   文の複雑さ(述語の数)   単文   私は行きます   複文   私は食事をしてから行きます 1の「疑問文・命令文」は、「ムード」(第2部)の中でとりあげます。「平叙文」というのは、「疑問文・命令文」に対して、「ふつうの文」を呼ぶ時のことばです。 2の「肯定文・否定文」は、他の言葉で説明しにくい用語です。述語が「-ない」や「-ません」の形になるのが「否定文」、そうでない文が肯定文、とします。「否定」も「ムード」の中でとりあげます。 4の「単文・複文」は、述語が一つの文が単文、述語が二つ以上ある複雑な文が複文、です。複文は第3部でとりあげます。 3の「名詞文」などは、さきほどの「述語」の品詞によって文を分類したものです。これは英語教育では使われない言葉かもしれませんが、日本語教育では必要な考え方です。  日本語のさまざまな文法事項(時の表現や副詞の用法やムードの表現、特に主題を表す「名詞+は」の使われ方など)が、この「名詞文/形容詞文/動詞文」という分類と密接な関係があります。 この本も、この分類によって文を分け、それぞれの説明から話を始めることにします。 0.5 この本の構成  ここで、この本全体の組み立てをかんたんに述べておきます。用語がわからなくても気にしないでください。  文型を大きく三つに分けました。いわゆる「単文」・「複文」と、そして文を越える文法事項を「連文」として扱うことにしました。さらに「単文」を「基本述語型」と「複合述語」の二つに分けて、それぞれを「第1部」「第2部」としました。第3部が「複文」、第4部が「連文」です。    はじめに    単文     1 基本述語型と修飾語(第1部)      a 名詞文・形容詞文・動詞文      b 修飾語など     2 複合述語(第2部)      a テンス・アスペクト・ボイスなど      b ムード    複文(第3部)      a 連用節      b 連体節・名詞節・引用    連文(第4部)      a 主題のつながり      b 接続詞    おわりに  各品詞の説明など、文型の説明の中で取り上げにくい事項は、別にまとめて説明しました。「第1部」の「基本述語型」の後のほうの「修飾語」から「副助詞」までがそれです。  文の複雑さの違い、つまり単文と複文の違いを重要視して、大きく分けて取り扱いました。そのため、「形式名詞」「副助詞」「格助詞相当句」などが単文と複文の2か所で扱われています。  例文はできるだけやさしいものにしました。第1部の基本述語型の例文は丁寧体(デス・マス体)にしましたが、第2部の初めで活用の説明をしたあとは普通体の例文にしました。 補説 §0 2019.02.09 12:08 [補説§0] §0-1「日本語」について §0-2「文法研究」の考え方 §0-3 言語・記号・意味  §0-4 文法・文 §0-5「単語」について   [助詞][助動詞][接辞] §0-6 品詞分類表  §0-7 助詞の分類  ここで、本文では省略してしまった基本的ないくつかの問題について述べることと、各項目の補足的な説明をします。 §0-1「日本語」について  この本は、「現代日本語文法概説」という名前にしましたが、この「現代日本語」というのは何を指すのかということについて一言。  一般に「日本語」というと、何のことわりもなく、東京方言を指すことが多いのですが、それは現在の「共通語」あるいは「標準語」として東京方言が使われているというだけのことで、多少なりとも言語学的な視点をもって書かれるべき本では、「日本語の文法」として、東京のことばだけを対象にして、何ら不思議に思わないのは正しくないというべきでしょう。岩手のことばも、沖縄のことばも、共に「日本語」であることは誰も否定できないでしょうから。  むろん、実際には、すべての方言を同等に記述することは、このような本では無理ですし、東京方言を記述するのは、「前書き」にも書いたとおり、いちおう理由があるのですが、そこで、ほんの少しでもそのことを振り返って考え直してみることが必要だと思います。すべてを東京中心に考えてしまわないために。 これは、ただ便利だから、という理由で英語を世界共通語とすればいいと考えたり、外国語として学ぶことばが英語にばかり偏ってしまったりすることと共通した考え方がその底にあります。  言語は、それぞれの地方で独自の文化と共に育ってきた大切なもので、かんたんに取り換えたり、捨ててしまったりできないものです。強いもの、中心的なものを選び取って、効率を重視して済む問題ではないのです。では、方言や「世界共通語」の問題をどうすればいいのか、というのは、かんたんに答えの出ることではありませんが。 §0-2「文法研究」の考え方  私は、文法研究の考え方として次のようなことを考えています。  文法研究は、人間の頭の中にある「文法」を記述することが目標なのですが、その完全な形をそのまま研究対象とするのは、相手が大きすぎて難しい面があります。そこで、次のような、何らかの点で「不完全な」文法を考えてみます。  1 子どもが自分の母語を習得していく際には、どのような段階を経ていくのか。子どもは、発達の段階で、文法習得が不完全な状態でも、周りの人間とどんどん情報伝達を行っている。その際の文法はどのようなものか。   (第一言語習得の問題)  2 外国語(第二言語)を習得する際には、どのような順序で文法を学習していくと効率的か。その文法はどのような形で記述されるべきか。学習者は、多くの場合、不完全な文法のままその言語を使用する。その文法はどのようなものか。   (第二言語習得の問題)  3 人工知能が言語を使えるようにするためには、どのような文法を与えたらよいか。人工知能に与えられる文法は、どのみち不完全なものである。それでも、一通りのコミュニケーションを行うためには、その文法はどのようなものでなければならないか。   (自動言語処理の問題) これらは、目標となる完全な文法の不完全なモデルを、それぞれの段階で作っていきます。それぞれ、その「不完全さ」には違いがあるでしょう。  以上の中で、第二言語習得のための文法記述ということを考えながら、この本を書きました。 §0-3 言語・記号・意味   日本語は世界に数千もあると言われる言語の中の一つです。  そして、その「言語」とは、難しく言えば、意味・情報伝達のために人間が築き上げてきた「記号の体系」です。    記号とは、ある形式(感覚でとらえられる形)を持ち、それにある意味(頭に思い浮かべる何か)がついているものを言います。かんたんな例としてよくあげられるのは交通信号です。道路にあって、三色が一つの組(体系)になって、赤は停止、青は進行可能、黄色は注意を表すという意味を持っています。  言語は、音声や文字、手話などの形式によって意味を表す記号体系です。  記号は実際に使用されることで、機能を果たします。記号の使用者が、その記号を使うことによって、その記号の持つ意味を他の人(その記号の意味を理解する人)に伝えます。  しかし、記号自体を発するだけでは、何らかの「情報」が伝わったことにはなりません。ここで言う「情報」とは、それによって人が何かを判断したり、行動したり、考えたりするために使われうるもの、とします。かんたんに言えば、「何かの役に立つもの、それが情報である」ということです。  たとえば、ある人が「イヌ」とポツンと言っただけでは、それを聞いた人はその言葉をどう解釈していいかわかりません。「イヌ」という「単語の意味」はわかっても、それを話し手が口にすることによって、何を伝えようとしたのかがわかりません。イヌがいたのか、イヌに気をつけろということなのか、それがわからないと、この「イヌ」という言葉は、「情報」としては「意味がない(何も伝わらない)」と言わざるを得ません。  例えば、「イヌと猫とどっちが好きですか?」と聞かれて、「イヌ。」と言ったのなら、これは「イヌが好きだ」ということを表しているのだと理解されます。(ここで、「。」を付けてあることに注意してください。この句点は、「イヌ」という言葉が、文として、ある情報として成り立っているということを示すことにします。)  このように、言葉を使う際には、「何かが伝わる」こと、そのように言うことが求められます。そしてそのためには、ある場面、ある文脈(それまでの話の流れ)があって、それにあった形で言葉を使わなければならない、ということです。  しかしまた一方で、場面・文脈を離れても成り立つ「意味」というものがあることも事実です。たとえば、道に落ちていた紙切れに、      向こうで和夫が待っている。3時までに行ってほしい。 健一 と書いてあったとします。これを拾ったあなたは、「向こう」とはどこなのか、「和夫」「健一」とは誰なのか、「3時」とはいつの3時なのかわからなくても、ある「意味」をこの文から読みとることができます。それは、「健一」という人が誰かに「和夫」に関するある情報を伝え、ある行動をとることを求めている、ということです。  このメッセージの本来の受け手である誰かは、これを読んで何らかの行動をとるでしょうが、偶然拾って読んだだけのあなたは、何もしようがありません。しかし、あなたがこの紙切れから読みとった「意味」は、本来の受け手が読みとる「情報」の中核的な部分であることは間違いありません。  これを場面から切り離された「文の意味」と考えます。ここで定義した「文の意味」は、実際の言語使用の中から抽出される、多少とも抽象的なものです。  先ほどの「イヌ。」との違いは、素材となる形式が単語でなく、述語と補語の完備した、「文」としての内部構造を持った形式だということです。単語は、場面・文脈の支えがあれば、「文」としての機能を果たす(ある情報を伝える)ことはできますが、場面・文脈を離れると、あるまとまった情報を表せません。 道に落ちていた紙切れに、「いぬ」と書いてあっただけでは、何もわかりません。 そもそも、それが「犬」を表す単語を書いたものかどうかもあやしいわけです。  「文の意味」とは、単語の寄せ集めではない、文脈を離れても何らかの、人から人へ伝わるあるまとまった情報を持つような形式の意味、とします。 §0-4 文法・文  文法は、文を作るための法、つまり規則のことです。  そこで、文法を考えるためには、まず文の定義つまり「文とはどのようなものか、どういう形式を持っているのか」ということから考えなくてはなりません。  上に述べたような「情報」の一まとまり、単位が「文」です。言い換えると、文とは、人が何らかの情報の伝達、あるいは(聞き手を必要としない)単なる表出(心に思ったことを外に出す)の際に、一つのまとまった情報として区切れるような、情報の単位です。  文には2種類あります。述語文と、未分化文です。  述語文は、述語のある文です。人間は、表したい事柄の内容・性質を考えて、事柄をいくつかの種類に分け、それぞれに適当な述語を使って表現します。  「事柄の種類」というのは、ものとものとの関係か、ものの性質か、ものの働きか、などです。  それを表す述語には、名詞述語、形容詞述語、動詞述語の3種があります。  述語文は、一つの事柄を全体的に未分化なままで表すのではなく、述語と補語の組み立てによって分析的に表します。具体的な例は、次の「文の成分」のところで出します。  未分化文とは述語のない文で、感動詞だけの文や、名詞およびそれを修飾する語句がつけられた文などです。「あら!」「はい。」「きれいな花!」などが未分化文の例です。  述語文は、話し手が聞き手に伝えたい情報(あるいは、聞き手を意識せずに自然に出てしまった言葉)を一つのまとまりとして表しています。  未分化文もある情報を持っているので、情報の一つの単位としてみとめることができますが、前に述べたように、文脈を離れると、その意味内容がはっきりしなくなることがあります。  およそ術語の定義の方向には二つあります。一つは意味・内容からで、もうひとつは形式からの定義です。 日本語の文とは、これこれの意味を持ったまとまりである、というようなのが前者の例で、聞いた時にはそれなりになるほどと思いますが、それだけでは、文と文でないものを迷うことなく分けることはできません。「意味を持ったまとまり」あるいは「まとまった意味」というものをきちんと定めることができないからです。  「断片的な意味」と言えそうな例。      ほら、これ。      あ、飛行機雲!      え?ほんと?うっそー!  これらのどれを「文」とするか、すべてを文と見なすか、あるいはすべてを「完全な文」とは言えないとするか、判断の分かれるところです。  また、次のような場合もあります。      私もそう思っていた。現場を見るまでは。   この例は、一つの文が「倒置」されたとも言えますが、言い方によっては二つの文と考える必要もあります。  次は、文の終わりを示す句点「。」を使うべきか、文の途中の切れ目を示す読点「、」を使うべきか迷う例。      ええ。そうですねえ。そうかもしれませんが・・・。でもねえ・・・。     (ええ、そうですねえ、そうかもしれませんが・・・、でもねえ・・・。) 以上のような例をどう考えるかは、「文」を、多少とも抽象的な理論の中の単位と考えるか、実際の言語使用の中で決めることができなければならない単位と考えるか、という理論的な考え方の問題に関係してきます。 文を、しっかりした内部構造を持つ、実際の言語使用から抽象された理論上の単位と考えると、上の「あ、飛行機雲!」のような例を「不完全な文」として退けることがあります。文は述語を中心とし、補語(特に「主語」)をともない、テンスやムードなどを備えたもの、となります。  それに対して、実際の言語使用を重要視すると、「あ、飛行機雲!」のような例は「一語文」「未分化文」「未展開文」などと呼ばれ、立派に文の一員として認められます。「補語-述語」の構造を持ったものは、「述語文」「分化文」などと呼ばれて、その構造により詳しく分類されます。  文をその内部構造の面から考えると、述語や補語(特に「主語」)の存在が重要になりますが、伝達という面から考えると、断片的であっても何らかの情報が伝わりさえすれば「文」と言える、ということになって、その構造よりも「伝達の単位」であることの重要性が強調されます。  文を、実際の発話の「後ろ」にある、静的な、個別の構造の壮大な体系の一つの単位、と考えると、しっかりした内部構造を持つものとして考えたくなります。これは、どちらが正しいか、という問題ではなく、それぞれの立場の違い、目標の違いと考えるべきでしょう。 §0-5「単語」について  単語の定義の問題は、文の定義とはまた少し違った面があります。文の定義は人それぞれであっても、そのことが大きな議論の焦点になるということはあまりないようですが、単語の定義は、はっきりと対立した立場があり、そのどちらをとるかで単語というものに対する考え方が大きく違ってきます。 その大きな違いは、助詞や助動詞をどう考えるかという点です。  学校文法では、助詞と助動詞は「付属語」です。付属語というのは、単独で発話できないものです。(ここで「文節」という独特の用語が使われるのですが、そのことは省略します。)「まで」とか「ようだ」とかはふつう言えません。(ただし、「だろう?」などと言うことは時々ありますが) [助詞]  その助詞の問題をまず考えます。格助詞は名詞に付けて使われますが、それを名詞の一部と考えてしまうことができます。動詞が活用するように、名詞も語尾が変化すると考えるわけです。    本が 本を 本に 本と 本から ・・・ これらすべて、一つの単語の変化形と考えるのです。そしてまた、これらは文の構成要素となります。  学校文法(橋本文法)では、文の構成要素を単語とはせず、「文節」という中間的な単位を考えます。その構成要素となるのが単語です。  それに対して、格助詞を名詞の一部と考える立場では、単語は文の直接の構成要素になります。  これは、日本語の中で議論しても、どちらもそれぞれの根拠があるので、決着が付きません。言語学の一般的な方法として、他のさまざまな言語も考慮するとどちらが適切か、という話になります。ヨーロッパの言語、特にドイツ語、ラテン語などを考えると、それらの名詞屈折語尾と同様に考えることの利点がでてきます。  ただし、格助詞を単語として認めず、単語の一部としてしまうと、副助詞もまたそうなります。すると、次のような格助詞の重なりも、格助詞と副助詞の重なった形も皆「一語」と認めることになります。    三日までが(忙しい)    彼だけからは(受け取った)    彼女にさえも(言わない)  結局、名詞の内部構造の議論が複雑になってしまいます。これまでの、複合名詞、接頭辞・接尾辞などによる問題以外に、助辞(格助詞・副助詞などと呼ばれてきたもの)の接合のしかた、その意味などを「語構成論」の中で取り扱わなければなりません。 [助動詞]  次に、助動詞の問題です。いわゆる助動詞をほとんど認めず、単語以下の接辞と見なす立場があり得ます。この本もそれに近く、いくつかは動詞の活用形の一部(活用語尾)、いくつかは活用する接辞としています。(活用・活用形については「21.活用・活用形」を見てください)  以下は学校文法で助動詞とされているものです。この本での扱いを右に付記しました。    せる・させる(使役) 接辞    れる・られる(受身) 〃    れる・られる(可能・自発・尊敬) 〃    たい(希望)   〃    たがる(希望) 〃(たい+がる)    ます(丁寧) 〃    だ(断定) 助動詞(後述)    です(丁寧な断定) 助動詞(後述)    ない(打ち消し) 接辞    ぬ(ん)(打ち消し) 〃    た・だ(過去・完了など) 活用語尾    そうだ(推量・様態) 接辞    らしい(推量) 助動詞    ようだ(推量) 〃    そうだ(伝聞) 〃    う・よう(意志・推量) 活用語尾    まい(打ち消しの意志・推量)  接辞  助動詞としたのは、その前の述語が独立できる形となるものです。例えば、      降るらしい は「降る」+「らしい」となり、「降る」はそれだけで独立できる形です。それに対して、      降りそうだ では、「降り」の形が独立できる形ではないと考えるのです。(ただし、「雨が降り、風が吹く」のような場合もあるのですが、それはまた別の用法と考えます。ちょっと苦しいところですが。)  一つの問題は「だ・です」の扱いです。これらは名詞につく助動詞としておきますが、「コピュラ」(連結詞?)のような名前を付けて新たな一品詞を作ってしまう、という選択肢も考えられます。上の表にはありませんが、「である」も同様に考えます。(学校文法では「である」は「で」(「だ」の活用した形)+「ある」と分析します。)  最近の文法書では、形式名詞に「だ・です」のついた形を助動詞と見なすことがあります。      はずだ  わけだ  ものだ  ことだ  これらは「ムード」を表す形式として「第二部」で扱います。 なお、「助動詞」という名称は、「補助的な動詞」つまり動詞の一種だということでしょう(英語では Auxilialy Verb です)が、日本語では、上の例を見てもわかるように、「られる・させる」などの他はどう見ても動詞の仲間とは言えません。むしろ、「動詞(述語)を助ける要素」と解釈したほうがよさそうです。 [接辞]  単語より小さい単位の一つについて少し説明しておきます。「接辞」と呼ばれるもので、例えば次のようなものです。     不-/無-/非-  不自由な、無理解、非文法的     お-/ご-     お勉強、ご研究     超-/新-     超高速、新発明      -化/-的/-形/-中    自由化、絶対的、受身形、食事中     -ぶり/-おき   3日ぶり、3mおき、     -さ/-み     重さ、重み     -がる       うれしがる  それ自体では独立した単語となれず、他の単語について意味を加えたり、文法的性質を変えたりする(重い→重さ、自由な→自由化する)ものです。  この本で述語の活用形としたものの一部には、「語幹」に接辞がついたものと考えた方がよいものがありますが、この本では便宜的に活用表の中に並べておきました。      食べ-ない   なぐr-areru   食べ-させる  (「なぐる」は「五段動詞」なので、「語幹」は「nagur」で、これはローマ字を使わないと表せません。くわしくは第2部の「活用」を見てください。)  これらの接辞は、「学校文法」では助動詞とされているものです。 §0-6 品詞分類表   この本の品詞分類は、基本的に学校文法のものです。その分類の基準を示した表を国語辞典の付録から写しておきます。この『学研新国語辞典』は、付録で学校文法をきちんとした形で述べているので、便利なものです。  品詞分類(『学研新国語辞典』による)                    ┌─基本形がウ段 ・・・・ 動詞        ┌─活用が・・単独で述語 │        │ ある     になる ├─基本形が「い」・・・・ 形容詞        │ (用言)       │        │           └─基本形が「だ」・・・・ 形容動詞   ┌─自立語 │      │     │      ┌─主語になり ・・・・・・・・・・・ 名詞   │     │      │ うる(体言)              │     └─活用が  │   │        ない │            ┌─主として ・・ 副詞   │       │      ┌─修飾語  │ 用言修飾       │           │      │ になる  │   │           │        │      └─体言だけ ・・ 連体詞 単語│            └─主語にな │        を修飾        │       れない   │   │                 │       ┌─接続語 ・・ 接続詞   │                  └─修飾語に  │ になる   │          ならない  │   │                         └─独立語 ・・ 感動詞   │                          になる   │   │       ┌─活用がある ・・・・・・・・・・・・・・・ 助動詞   └─付属語  │         └─活用がない ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 助詞  §0-7 助詞の分類  次に、学校文法の助詞の分類を別の国語辞典から写しておきます。この表は例語が多くのせられていて、副助詞や終助詞など参考になります。  助詞の分類(三省堂『例解新国語辞典』による)       ┌─格助詞・・・・が、を、に、へ、で、と、の、から、より、まで、をば      ├─並立助詞・・・・か、と、や、やら、だの、たり、なり、とか    助詞─┼─準体言助詞・・・・の       ├─接続助詞・・・・が、し、て(で)、と、ば、から、つつ、ては(では)、                  ても(でも)、なら、なり、ので、のに、ゆえ、くせに、       │  けれど・けれども・たって(だって)、ながら、ものの、ところが、ところで      ├─副助詞・・・・は、も、か、こそ、さえ、しか、すら、でも、だけ、のみ、         など、まで、かも、きり、しも、ずつ、だの、とか、なら、ほか、ほど、         くらい(ぐらい)、ったら、ってば、なんて、なんか、ばかり、どころか      └─終助詞・・・・か、かい、かな、かしら、と、さ、ぜ、ぞ、って、ったら、        ってば、とも、な、なあ、ね、ねえ、の、もの、ものか、や、よ、よう、わ  「準体言助詞」の「の」というのは、この本では「形式名詞」に入れておいたものです。並立助詞の「たり」は、この本では活用語尾としました。 1.日本語の文型の概観 2019.02.09 12:29 1.日本語の文型の概観 1.1 基本述語型 1.2 修飾語など 1.3 複合述語 1.4 複文・連文 1.1 基本述語型    1.1.1 名詞文  1.1.2 形容詞文  1.1.3 動詞文    1.2 修飾語など    1.2.1 修飾:連体と連用  1.2.2 名詞句:名詞の拡張  1.2.3 複合述語:述語の拡張  1.2.4 単文のその他の要素:副助詞・終助詞 1.3 複合述語    [テンス・アスペクト]  [ボイス]  [複合動詞・補助動詞]  [機能動詞・形式動詞]  [敬語]  [ムード] 1.4 複文・連文    [複文]    [連文]  文型を一つ一つ検討していく前に、日本語の文法の全体を一通り見渡してみたいと思います。どんな文型があり、それぞれの文型で問題になることは何かということを見ていきます。 1.1 基本述語型  文の中心となるのは、前に述べたように、述語です。その述語の品詞が何かによって、日本語 の基本的な文は大きく3種類に分けられます。その三つとは、「0.3 文の種類」で名前を出した「名 詞文」「形容詞文」「動詞文」で、まとめて「基本述語型」と呼ぶことにします。 これから先、しばらくの間、例文はすべて「丁寧体」(です・ます体)にします。そうするのは、そのほうが文法的に「基本的」な形だ、という意味ではありません。「丁寧体」というものは「普通体」( 丁寧体の「本です・行きます」に対して、「本だ・行く」の形を使う文体)に丁寧さを示す要素が付け 加わった形だと考えられるので、「普通体」のほうがより基本的と言えます。(文体の話は「22.文 体について」でします。)   丁寧体   これは私の本です。   私は学校へ行きます。   普通体   これは私の本だ。    私は学校へ行く。 しかし、日本語教科書はほとんど全部が丁寧体から教えています。丁寧体のほうが、学生が 習ってすぐ実際に街で使っても、相手に失礼な感じを与えないので、問題が起きにくいからです。日本社会では、普通体で誰にでも親しげに話し掛けるのは好ましいことではありません。 もう一つ、指導上の理由があります。丁寧体のほうが形の変化が単純で教えやすいのです。日 本人の子供にとっては、普通体の方がやさしく、丁寧体で話すのは難しいと感じるかもしれませんが、日本語学習者にとっては逆なのです。この本でも、活用の細かい話は後に回したいので、変化のかんたんな丁寧体の例文を使って「基本述語型」の話を進めます。述語の形の変化(「活用」 )の話は、第2部の「21.活用・活用形」でします。  1.1.1 名詞文 名詞文の形の最も基本的なものは、    私は田中です。 の形のものです。文型として少し抽象化すると、   [名詞]は[名詞]です となります。「名詞」を「N(Noun)」で表すことにすれば、    名詞文  N は N です となります。その否定文は「です」を「では/じゃ ありません」にします。 疑問文の作り方の基本は「か」を最後につけることです。    否定文  N は N ではありません    疑問文  N は N ですか  名詞文の過去の形は、初級の初めでは教えないことが多いです。日常の会話ではそれほど使われないからです。「です」の過去は「でした」、過去の否定はその「でした」を現在の否定の形の後ろに付けます。    過去の形  N は N でした    過去否定の形  N は N ではありませんでした  以上が名詞文の基本構造と、述語の過去・否定の形です。ここまでは日本語学習者にとっても 何ら難しいところはないのですが、「Nは」の代わりに「Nが」が使われる文型があり、その使い分けに苦労することになります。この二つの文は、学習者の母語では区別できないことが多いからです。      私は田中です。      私が田中です。  また、「は」と「が」が一つの文にでてくる「ハ・ガ文」と呼ばれる文型があります。日本語教育では 、動詞文・形容詞文の「ハ・ガ文」はよく取り上げられるのですが、名詞文の「ハ・ガ文」は取り上げられることの少ない文型です。しかし、名詞文とはどういうものかということを考えるためには、重要な文型です。      私は体重が50キロです。      あの人はジョギングが趣味です。  これらの文型や、その他の名詞文の問題については、「2.名詞文」と「8.ハと主題」でくわしく述 べます。  名詞文には、その他の補語はほとんどありません。名詞文のそれぞれの名詞に修飾語がつけ られると、文が長くなります。「1.2 修飾語」以下で述べるように、いろいろな修飾語が組み合わされ、さらには「節」を含んだりすると、名詞文もかなり複雑な文になりますが、基本的な構造は上の 「NはNです」という単純な構造です。 1.1.2 形容詞文 形容詞にはナ形容詞とイ形容詞があります。    桜はきれいです。 (ナ形容詞)    今日は寒いです。 (イ形容詞) 形容詞文の基本的な型を名詞文の場合と同じように抽象化して表すと、   ナ形容詞文  Nは Na です     (Na:ナ形容詞)   イ形容詞文  Nは Ai-い です   (Ai:イ形容詞) となります。どちらも名詞文と同じような型に見えます。しかし、否定にすると、ナ形容詞文と名詞文に対するイ形容詞文の違いが大きく見えてきます。イ形容詞の「-い」の部分は、否定にすると 変化する部分です。上の「Ai-い」という書き方は、そのことを示しています。    桜はきれいではありません。    今日は寒くないです。    今日は寒くありません。   ナ形容詞文・否定文  Nは Na ではありません   イ形容詞文・否定文  Nは Ai-くないです   Ai-くありません  イ形容詞は否定の形が二つあります。一つは、否定でも「です」が残っています。もう一つの否定の形は「ありません」が付けられています。どちらも、肯定文の「-い」が「-く」に変えられています。  次に、過去の形を見てみましょう。     桜はきれいでした。     桜はきれいではありませんでした。     今日は寒かったです。     今日は寒くなかったです。  ここでも、ナ形容詞とイ形容詞とではずいぶん形が違います。   ナ形容詞文・過去  Nは Na でした   イ形容詞文・過去  Nは Ai-かったです   ナ形容詞文・過去否定  Nは Na ではありませんでした   イ形容詞文・過去否定  Nは Ai-くなかったです・Ai-くありませんでした  ナ形容詞は以上の点では名詞と同じようなものなので、名詞と一緒にしてしまおう、という考え 方もありますが、この本では一般の文法書と同様に、別のものとします。以上のような形の違いよりも、意味の違いと、補語のとりかたや副詞の付き方などの文法的な違いを重要だと考えるからで す。 ナ形容詞とイ形容詞は、意味的には同じ「形容詞」として非常に近いものです。そのことは、次のような反対語・類義語の組を考えれば明らかでしょう。 それぞれの左側がイ形容詞で、右側がナ形容詞です。    反対語           類義語   きたない:きれいだ     うつくしい:きれいだ   いそがしい:ひまだ     やさしい:かんたんだ 形の点で、否定文や過去の言い方などが非常に違ったものになるだけで、その他の用法や意味は共通する点が多いので、この二つは「形容詞」としてまとめた方がいいでしょう。 形容詞文も、名詞文と同じように基本的には主題文(「Nは」の文)です。そうでないもの(無題 文)もあります。その例を一つだけあげておきます。      桜の花はきれいです。  (主題文)      桜の花がきれいですねえ。 (無題文) 形容詞文は物の状態・性質、人の感覚・感情、関係などを表わします。補語は、名詞文より多く、 特に「Nに」にいろいろな種類の補語があります。  以上述べてきた、名詞との類似点・相違点、表す意味、無題文の形容詞文、補語などについて は、「3.形容詞文」でくわしく述べます。  形容詞には、名詞を修飾する「連体修飾」の働きがあります。これは述語としての形容詞の働き とは少し違った、形容詞のもう一つの重要な側面です。これについても「3.形容詞文」でとりあげ ます。 1.1.3 動詞文 動詞は、述語となる三つの品詞の中で最も変化に富むもので、その文型もさまざまな種類があり ますが、動詞文の最も基本的な型は、次のように表すことができます。    動詞文    Nは/が V-ます(か) (V:動詞)    動詞文・否定    Nは/が V-ません  また、過去は、    動詞文・過去    Nは/が V-ました    動詞文・過去否定    Nは/が V-ませんでした となります。  動詞文は補語の種類が多く、動詞の前にいろいろな補語をつけ加えることによってさまざまな動 詞文型が生み出されます。    Nは/が (補語)(補語) V-ます  初めの名詞のところを、名詞文や形容詞文の場合のように「Nは」とせずに、「Nは/が」、つまり 「Nは」または「Nが」としたのは、動詞文では「主題文」のほかに「主題」のない文、「無題文」がご くふつうに存在するからです。 この点も、動詞文が名詞文・形容詞文と大きく違う点です。  補語を伴った例文を少しあげておきましょう。    毎朝私はうちから学校まで自転車で行きます。    私はけさ紅茶を3杯飲みました。    きのう、娘が婚約者と一緒に私のうちへ来ました。 (無題文)    来月私は沖縄で彼女と結婚します。    あそこに桜の木があります。      (無題文)    ヤンさんは日本語がぜんぜんわかりません。 動詞文は、名詞文や形容詞文にくらべて、いろいろな補語(Nに/Nを/Nへ/Nと、など)をとり えます。それによって、現実の様々な事象を表わすことができます。  それは、言いかえると、動詞文は、形容詞文などのようにある人や物のことを述べるだけでなく、 複数の人・物・場所などが関与する複雑な事象を述べることができるということです。それによって 、表現される事柄の範囲が格段に広くなるのです。そこを詳しく述べることは、文法の重要な課題 の一つです。  さらに、名詞文や形容詞文と比べると、時の表現が細かく使われます。その事柄が瞬間的なこ とか、持続していることかという違いも表せます。 動詞文の表わす意味は、個別の動作や、習慣的な動作、将来の予定された行動、話し手の意 志的な行動、もの・人の存在、状態など、さまざまです。 「動」詞というのは、本来動きを表わすものだということでしょうが、動きだけではなく、存在や状 態・関係なども表わします。存在・状態の例は上に出した例文の最後の二つです。次の文は「関 係」の例です。       標準語と東京方言は少し違います。 人の意志的な行動について述べる動詞文では、「命令」や「依頼」の表現や、「意志」を積極的に 表す表現もあります。これらは名詞文や形容詞文にはないものです。また、「受身」や「やりもらい 」のような、動詞文だけに使われる「複合述語」も多く、日本語教育の観点から考えても、あるいは 日本語の文法体系という点から考えても、動詞文は大きな広がりをもつ文型です。 以上のように述べるべきことの多い動詞文の話は、「4.動詞文」でじっくり述べます。   1.2 修飾語など  さて、以上が「基本述語型の概観」、つまり「2.名詞文」「3.形容詞文」「4.動詞文」で扱う問題 のかんたんな紹介ですが、「第1部」の後半では、その基本述語型をより複雑な内容の文に拡張 していく方法をいろいろとりあげます。  基本述語型を拡張する方法には、二つの方向があります。   文の成分に対する修飾     補語に「連体」修飾語を付けていくこと     述語に「連用」修飾語を付けていくこと   文の成分自体の拡張     補語の名詞を「名詞句」に拡張すること     述語を「複合述語」に拡張すること 1.2.1 修飾:連体と連用 修飾語は、名詞を修飾する「連体修飾」と、述語を修飾する「連用修飾」の二つがあります。「は じめに」で使った例文をもう一度使いましょう。    その火事は、やってきた消防車によってすぐに消し止められた。  「その」は名詞「火事」を修飾する連体修飾です。「やってきた」も「消防車」を修飾する連体修飾 です。(ただし、こちらは「やってきた」が「節」と見なされるので「連体節」で、この文全体は「複文」 となります。)  そして「すぐに」は述語である「消し止められた」を修飾する連用修飾です。  連体修飾となるのは、    名詞+「の」    私の・未来の・こっちの →「5.2 NのN」     連体詞      この・大きな・いわゆる →「10.修飾」     形容詞      きれいな・大きい →「3.形容詞文」     動詞       読んだ(本) →「56.連体節」  などです。(それぞれを扱うところを右に書きました。)  名詞文の名詞に連体修飾語がいくつも付いた例をあげます。      あそこの青い服の人は、東京の大きな日本語学校の有名な先生です。  連用修飾の代表的な形式は副詞です。副詞は下位分類がいろいろあります。     副詞   →「11.副詞」       ゆっくり歩く  (様子)       とても大きい  (程度)       短く刈る    (結果)       たくさんある  (数量)       さっき来た   (時)       あいにく雨だった  (評価)         たぶん来るだろう  (陳述)  「擬音・擬態語」は副詞の一種です。 →「12.擬音・擬態語」     がたがた揺れる   つるつる滑る その他にも連用修飾をするものがありますが、多くは連体修飾にも使えます。   形式名詞による句      →「14.形式名詞」    (連体)  健康のための体操   猫のような目    (連用) 家族のために働く   鳥のように飛ぶ    数量表現       →「13.数量表現」    (連体)  三冊の本       10キロの道    (連用) (本を)三冊買う   (山道を)10キロ歩く  「擬音・擬態語」も多くが連体修飾になります。      がたがたの体    つるつるの床 このほかに、さまざまな品詞にまたがる語のグループを、ある特徴によってまとめた「指示語」、「 不定語・疑問語」なども連体・連用修飾に使われます。連体に使われるものは連体詞、連用のも のは副詞です。   指示語 →「15.指示語」    (連体)  この  そんな   ああいう  あのような    (連用)  こう  そんなに   あのように   疑問語  →「16.疑問語・不定語」    (連体)  どの  どんな どういう  どのような    (連用) どう  どんなに   どのように   「-いう」「-ような/ように」の形は複合的な形式です。 1.2.2 名詞句:名詞の拡張  基本述語型を拡張するもう一つの方法は、補語・述語それ自体の拡張です。まず、補語となる 名詞の拡張法は、前後に要素を付けて「名詞句」を作ることです。上の「名詞+の」や連体詞を付 ける連体修飾も名詞句を形作ります。     a  私の本   この人       b 勉強中   3年ぶり       c 東京という町    彼のこと(を思う)  aは連体修飾の例です。  bは名詞の後に接辞が付いた例です。(「接辞」については「補説§0-5」を見てください。)  cは、名詞句の構造としては前の名詞(東京・彼)が後ろの名詞(町・こと)を修飾していますが、 意味的には前の名詞のほうが中心になっていて、後の名詞のほうが従属的です。  これらの名詞句は「5.名詞・名詞句」でとりあげます。 1.2.3 複合述語:述語の拡張  述語の拡張は、述語に様々な要素を付けていくことで、この本では「複合述語」と呼んでいます。 複合述語は種類が多いので、「第2部 複合述語」として大きく取り扱います。次の 1.3 で例をあ げます。 1.2.4 単文のその他の要素:副助詞・終助詞  複合述語に進む前に、単文に現れるその他の要素を見ておきます。  副助詞は、補語に付いてある意味合いを加えます。「とりたて助詞」とも言います。        彼が彼女に本を渡しました。      彼だけが彼女に本を渡しました。      彼が彼女にだけ本を渡しました。      彼が彼女に本だけ渡しました。 ほかに、「ばかり・ぐらい・ほど・など・でも・まで・さえ・こそ」などが副助詞です。それぞれの持つ「 意味合い」は「18.副助詞」で考えます。  終助詞は文の終わりに付いて、聞き手に対する話し手の働きかけ方を示します。 →「19.終助 詞」      「おいしいですね」「いやあ、おいしくないですよ」  一部の終助詞は、文の途中に挟んで使う用法があり、「間投助詞」と呼ばれます。      昨日ね、学校へ行ってね、田中にね、話したんだ。  副助詞と終助詞は、文が表す事柄そのものは変えず、それに何らかの意味合いを加えるもので す。その点で、事柄そのものを表す格助詞とは大きく違います。(上の副助詞の例で言えば、「彼 が彼女に本を渡した」ことはどの文でも変わりありません。終助詞の「ね」や「よ」をつけても同じで す。) 1.3 複合述語  「第2部」で扱う事項ですが、主な複合述語を紹介しておきましょう。 [テンス・アスペクト]  まず、時間に関する表現です。文で表される事柄の時点と、ことばを発した時点との前後関係を 表す「テンス」、その事柄の時間的性質に関する「アスペクト」があります。  テンス(過去形/現在形)  →「23.テンス」    した/する       しました/します    長かった/長い    きれいだった/きれいだ    夢だった/夢だ  アスペクト(継続/状態/開始/終了、など) →「24.アスペクト」    する/している/してある/しはじめる/しおわる  テンスはすべての述語に必要ですが、アスペクトは動詞述語に特徴的なものです。 [ボイス]  次に、文の事柄を誰の視点から表現するか、あるいは誰の意図によって引き起こされたと見な すか、などの表現のしかたによって、補語に付く「格助詞」が変えられることがあります。 これを「ボイス」と言います。  ボイス →「25.ボイス」    受身  猫が魚を食べる/魚が猫に食べられる    使役  猫が魚を食べる/猫に魚を食べさせる  「受身」「使役」のほか、「可能」「自発」「やりもらい」などの表現もボイスのところで扱います。    可能  私は魚が食べられない    自発  ふるさとのことが思い出される    やりもらい  英語を教えてあげる/くれる/もらう   ボイスも動詞述語のみに見られる文型です。 [複合動詞・補助動詞]  動詞を2つ組み合わせる複合動詞は、種類がたくさんあります。後に付く動詞が、前の動詞にあ る意味を付け加えるという場合が多く、どんな動詞が後に付き、どんな意味が付け加わるのかを考えます。    →「26.複合動詞」      押し込む/押し付ける/押しかける/押し上げる/押し出す  その他、次のような表現も「複合述語」の中でとりあげます。      食べてみる/食べにくい      →「27.補助動詞・形容詞」  「-(て)みる」は「補助動詞」とし、「-にくい」は形容詞と見なされるので「補助形容詞」とします。 [機能動詞・形式動詞]  次の例の「与える/浴びる/覚える」などは「-する/される」とほぼ同じ意味で使われるものです。(つまり、「ボイス」に似た機能を有します。)    影響を与える/受ける   感動を覚える   批判を浴びる  このような動詞を「機能動詞」と呼ぶことにします。また、「美しくはある」の「ある」を「形式動詞」とします。    →「28.機能動詞・形式動詞」 [敬語] 日本語には「敬語」があります。文法の中で敬語をどう扱うかにはいくつかの立場があり得ます が、この本では敬語のいくつかの形式を「複合述語」と考えて、ここで扱うことにしました。     →「29.敬語」      お書きになる   お持ちする   読まれる [ムード] 複合述語の後半は、「ムード」を表す形式を扱います。たくさんの文型があり、話し手の表現意図をさまざまに表し分けます。聞き手に対する働きかけを表すものと、述べる事柄に対するものとに大きく分けられます。   聞き手に対する働きかけなど    依頼    書いてください 書かないでください    命令    書け   書きなさい    勧誘・意志   書きましょう   書こう    勧め・忠告   書いたほうがいい  書くといい    禁止・許可   書いてはいけない  書いてもいい    必要・不必要  書かなければならない  書かなくてもいい    希望      書きたい   事柄に対する表現態度    推量・伝聞   書くだろう   書くそうだ    断定・確信   書くにちがいない  書くはずだ   その他    書くことだ  書くものか  書かない 以上、複合述語の主なものを紹介しました。「補語-述語」およびボイスや複合動詞などによってある事柄が描写され、それに以上のようなムードが付け加えられることによって、話し手から聞き手への情報伝達の単位である「文」が形作られます。(なお、終助詞はムードのさらに後に加えられるもので、話し手が「文」を発する際の、最後の調整的な役割を果たします。) 1.4 複文・連文 [複文]  以上は「単文」の話でした。つまり、一つの文の中に述語が一つの文です。一つの文の中に述語が2つ以上ある文を「複文」と呼びます。複文の多くは単文の要素の拡張と考えられます。例えば、次のように対応します。   単文の要素    複文の中の節     名詞       名詞節     連体修飾    連体修飾節     連用修飾    連用修飾節   名詞文の2つの名詞に連体修飾の節が付いた例。(→「56.連体節」)     私が英語を習った先生は、いま私が勤めている大学の卒業生です。 上の文は、次の単文と基本的な部分は同じです。    あの先生は、私の大学の卒業生です。 動詞文の補語にも、連体修飾節が自由に付きます。     旅行から帰ってきた父は、テレビを見ていた私に駅前で見た事故のことを話した。  名詞文の名詞のところに「節」が入る場合。(→「57.名詞節」)    私の仕事は日本語を教えることです。      cf. 私の仕事は日本語教育です。    人を愛する(という)ことは、人を信じることです。 cf. 愛は信頼です。  形容詞文・動詞文の補語の名詞のところに、「~の」「~こと」の形の「名詞節」が入った例。     私はスポーツを見るのが好きです。      cf. 私はスポーツが好きです。     生徒に来週の土曜は休みであることを伝えた。    その窓から、野鳥が飛んでいるのが見えた。  連用修飾の節は、種類がいろいろあります。ごく一部の例をあげます。    時  よく考えてから、答えます。     理由  よく考えたから、わかります。     条件  よく考えれば/考えたら、わかります。     目的  工学を勉強するために、日本に来ました。     様子  窓を開けて、空気を入れ替えました。     程度  かばんに入るだけ、詰め込みました。     並列  私たちが2階に住み、両親が1階に住みました。   その他の連用節なども含め、「第3部」でくわしくとりあげます。  述語を修飾するとは言えない、次のような遊離的なものもあります。      どこへ行ったのか、彼は二度と戻ってきませんでした。 このような例は、「55.1.3 遊離的な節」でとりあげます。  もう一つ、「引用」に関する文型を複文で扱います。     テレビの天気予報は「雨が降るでしょう」と言いました。     テレビの天気予報は、雨が降るだろうと言いました。     彼女は私にいつ戻ってくるのかと聞きました。 [連文]  連文とは文が連続したものです。ふつうの文章はみな連文です。文より大きい単位は、「ディスコース」とか「談話」とか言われることが多いのですが、この本ではそれらよりも小さい、それらの一部分であるような文の連続の中に見られる文法現象を、「連文」の問題としてとりあげます。     これはおいしい。     これはおいしいから、買って帰ろう。  (複文)     これはおいしい。だから、買って帰ろう。 (連文)  接続詞は、ふつうの文法書では「文」の文法の中で扱われることが多いのですが、文と文をつなぐものですから、連文の問題です。他には、主題のつながり、指示表現、「説明」の表現などが、連文でとりあげる主な問題です。 2.名詞文 2019.02.09 15:04 2. 名 詞 文 2.1 2種類の名詞文 2.2 名詞文の「は」と「が」 2.3 「ハ・ガ文」 2.4 「Nも」 2.5 名詞文の否定と疑問 2.6 名詞の修飾語 2.7 名詞文の補語 2.8 「ウナギ文」 2.9  その他の問題 2.2 名詞文の「は」と「が」    2.2.1 「は」と「が」の違い [二つの型と疑問語]    2.2.2 「焦点」と「主題」    2.2.3 「対照のハ」という考え方 2.4 「Nも」 [NもNも] 2.5 名詞文の否定と疑問    [否定文] [疑問文とその答え方] [否定疑問文] [Nも] 2.6 名詞の修飾語    2.6.1 NのN    2.6.2 連体詞・形容詞・副詞+N 2.7 名詞文の補語   [Nと][Nで][Nに][時・範囲] 2.9  その他の問題   [N+助詞 です][主題を補えない文][動詞から派生した名詞][自同表現] これから基本述語型のそれぞれについてゆっくり見ていきます。最初は名詞文です。名詞文で考えるべき問題は、まず名詞文の二つの型の違いと、それに関わる「は」と「が」の使い分けです。他には、否定・疑問の言い方、名詞にかかる修飾語、とりうる補語、などをとりあげます。 2.1 2種類の名詞文 名詞文の型は前に述べたように、    N1 は N2 です です。主題の名詞「N1」について、「N2 です」という解説をあたえている文です。その「主題についての解説」ということの内容をよく調べると、大きく二つの型を立てることができます。 前に、基本述語型の話の時に出した例1は、第一の型の例文です。例2も、同じ型です。    1 私は田中です。    2 これは私の本です。 ふつう、名詞文と言ってまず頭に浮かぶのはこの型の文です。 第二の型は、例えば上の例文の「は」の両側の名詞を取り換えたものです。(第一の型の両側の名詞を取り換えれば、いつも第二の型になるというわけではありません。ここでは話の分かりやすさのために、そのような例文を使っています。)    3 田中は私です。    4 私の本はこれです。 かりに、上の例1・2を「AはBだ」と記号で表すことにすれば、例3・4は「BはAだ」と表すことができます。さて、この二つのグループは、それぞれどんな場合に使われる文か、考えてみましょう。 日本語教科書では、第一の型の方が多く出されます。第二の型の方は、意識的に場面を作って、慎重に出されます。この二つをごちゃごちゃに出すような教科書は、あまりよくない教科書と言うべきでしょう。 第一の型の「AはBだ」のほうがふつうに使われる文で、例えば例1は「私」について名前を言っていますし、例2は「これ」の所有者を言っています。    1’ 私は田中です。(自己紹介。または他の人と間違えられて)    2’ これは私の本です。(一冊の本を手にして。または他の本と区別して) 言い換えると、Aにその内容・実質に関する情報をつけ加えています。第一の型の名詞文は、みなこの「属性の説明」という共通の性質をもっています。「事物の一致」を表すとか(例1・2)、「包含関係」を示すとか言われるもの(「鯨は哺乳動物です」)も、この「属性の説明」と言えます。 それに対して、第二の型の「BはAだ」のほうは、Bで表されるような内容・実質を持つ対象物をAで指しています。そのものを指し示すだけなのです。 例えば、例3では「田中という人」が「今ここにいる中のどの人か」を示し、例4では「私の本」に該当するのは、「いくつかあるうちのどれなのか」に答えています。     3’ 田中は私です。(大勢の中で「田中さんは?」と聞かれて)     4’ 私の本はこれです。(いくつかの中から一冊を捜し出し、選んで) もう一度まとめると、第一の型は「A」で示されたものが、「どんな」ものであるかという情報をつけ加えているのに対し、第二の型は「B」で表されたものが「どれ」であるか、ものそのものを指示しています。「Bは・・・・」と言った後で、指さして示すだけでも、聞き手が同じ情報を得ることができるような意味の文です。 また、名詞の種類を見てみると、「私・これ・ここ」」のように人や物を指 示する「代名詞」と言われるような名詞がAの位置に来るのに対して、Bに来るのは「田中・私のかさ・教室」のように具体的な人・物を表すことばです。このような名詞の種類の違いが、この二つの型のもとになっているのです。 このような違いは、「意味の違い」として、使われる文脈を正しく理解できればそれ以上問題にする必要はないと思われるかもしれませんが、次節で見るように、これは文法的な違い、つまり文の形の違いでもあるのです。そのことを次に考えます。 2.2 名詞文の「は」と「が」 2.2.1 「は」と「が」の違い 名詞文でよく問題になるのは、次の二つの文の違いです。   1 私は田中です。   2 私が田中です。 この二つの文を、例えば英語に翻訳するとどちらも"I am Tanaka."になるとよく言われます。 では、どう違うのでしょうか。この二つの文だけで考えていてはわかりません。それぞれどんな場合に使われるのかを考えてみましょう。例2の「が」を使った文は、前に出した次の文と同じ場合に使えます。   3(「田中さんはいますか」)田中は私です。 例2と3は微妙に違うのでしょうが、その違いはここでは問題にしません。同じ場面で使うことができ、同じ情報が伝わり、聞き手に何も違和感を感じさせなければ、同じものとします。 名詞文の「は」と「が」の違いというのは、結局前に説明したような名詞文の二つの型の違いとして説明できます。「AがBです」は「BはAです」の別の形として考えればいいわけです。 では、どうしてそうなるのでしょうか。「は」と「が」の違いは何でしょうか。「疑問語」の使われ方を考えてみると、糸口が見つかります。 名詞文の中で、「なに・どなた・どれ」のような疑問語はどのように使われるでしょうか。少し例を見てみましょう。   4 これは何ですか      → これはキウィです (=キウィです)   5 あなたはどなたですか     → 私は田中です (=田中です) この2つの例は、上に述べた「AはBです」型、名詞「A」の属性を説明する型で、最もふつうの名詞文です。  ここでは疑問語はBの位置に現れます。答の文は全体を言う必要はなく、後ろ半分「Bです」のところだけで用が足ります。つまり、「質問の焦点・答の焦点」、別の言い方をすれば、「聞きたいこと、言いたいこと」は「は」の後ろにあります。 それに対して、「BはAです」型の文、名詞「B」で示された属性にあてはまる「A」を多くのものの中から選ぶような意味の名詞文ではどうなるでしょうか。    6 あなたのかさはどれですか     →私のかさはこれです (=これです)    7 田中さんはどの人ですか     →田中さんはあの人です(=あの人です)    8 どれがあなたのかさですか      →これが私のかさです (=これです)    9 どの人が田中さんですか      →あの人が田中さんです(=あの人です) 例6・7の例のように「は」を使った場合は、その後ろに疑問語が来ることは「AはBです」型と同じです。そこが「聞きたいこと」であるわけですが、「が」を使った例8・9では、「Nが」のところに疑問語が来ています。そして、答える時に文全体を繰り返すのでなく、質問の焦点だけを答えるやり方ではその「Nが」に来る名詞を使って「Nです」と答えることになります。 以上のことをまとめると、次のようになります。   1 「AはBです」(「BはAです」も)の場合、「は」の後ろが聞きたいこと、言いたい   こと    2 「AがBです」の場合、「が」の前が聞きたいこと、言いたいこと    3 「AはBです」の場合、疑問語は「は」の後にくる。 疑問語を前に持ってくると、「AがBです」の文になる。疑問語とは「聞きたいこと」そのものだから。   このことを、『「は」は「既知」のことがら:「旧情報」を示し、「が」は「未知」のことがら:「新情報」を示す』という言い方で述べることもあります。 名詞文の「は」と「が」の違いは、聞きたいこと・言いたいこと、つまり情報の焦点をどこに置くかということの違いです。疑問語を、あるいは答えの焦点を、前に持ってきたい時に、「~が~です」を使うのです。 [二つの型と疑問語]  上にあげた例では、「どなた」は名詞文の第一の型、つまり名詞の属性を説明する型で使われていましたが、第二の型、ある属性を持つ名詞を選び出し、指定する型でも使えます。  次の二つの例をよく見比べてください。     1 「あの人はどなたですか」(×どなたがあの人ですか)       「あの人は田中さんです」  この例では「どなたが」という形は使えません。「どなた」は、人の属性の一つとしての名前をたずねていますから、「NがNです」の形にはなれません。  しかし、次の例では違います。     2 「委員長はどなたですか」(どなたが委員長ですか)       「委員長は山田さんです」        「ああ、山田さんが委員長ですか」 ここでの「どなた」は、むしろ「どの人」かをたずねています。答えの「山田さんです」も、その名前を言うことによって、「あなたの知っている、あの山田さんですよ」という意味合いで、人を特定するために使われています。ですから、「どなたが~」という形が使え、その答えとして「山田さんが~」という形も使えます。  次は、「何」を使った同じような例です。      3 これは何ですか。(×何がこれですか)      4 原因は何ですか。(何が原因ですか) 3は説明型で、「何が」は言えません。4は指定型で、「何が」が使えます。 「何曜日」の場合も、同じような2つの型があります。      5 今年の文化の日は何曜日ですか。(×何曜日が今年の文化の日ですか)      6(この図書館の)休みは何曜日ですか。(何曜日が休みですか)  以上のように、名詞文の「Nが」に疑問語が使える場合と使えない場合があります。それは、名詞文の二つの型の違いによります。 2.2.2 「焦点」と「主題」 さて、以上の説明の中で「焦点」ということばを何度か使いました。「質問の焦点」「情報の焦点」「答えの焦点」です。これらは、言い換えれば、「聞きたいこと・言いたいこと」です。「AはBです」では「Bです」、「AがBです」では「Aが」がそれに当たります。その文の中で、重要な情報を背負った部分です。 では、「焦点」でない方は、それほど重要ではないのでしょうか。上の説明の例の中でも、「AはBです」の「Aは」は、答えの文の中では省略されてしまったりするし・・・・。 もちろん、そんなことはありません。例えば、「AはBです」の「Aは」の部分というのは、「主題」です。主題というのは、まさに現在の話の「主」になっている部分です。その文は、その主題についての情報を伝える文です。 ただ単に、     田中です。 と言っただけでは、「私」のことなのか、「あの人」なのか、「この会社の社長」のことなのかわかりません。そんなことは当たり前だと言うかもしれませんが、何が主題なのかが話の流れの中ではっきりしている場合にのみ、省略され得るのです。 上の多くの例で主題が省略されるのは、重要でないからではなく、逆に話の「主」になっていることがお互いにわかっているから、省略できるのです。 「AはBです」の「Aは」は主題ですが、「AがBです」の「Aが」は何でしょうか。前に述べたように、「AがBです」は「BはAです」と置き換えることができます。つまり、「Aが」は主題ではなくむしろ説明の部分で、「B(です)」の方が、話の流れの中で話題になっていて、主題に取り上げられるべきものです。 このような文を、主題が陰に隠れているという意味で「陰題」の文と呼びます。まったく主題がない「無題文」とは違うというわけです。そうすると、名詞文には基本的に無題文はないということになります。 この「は」と「が」の使い方は、形容詞文でも、動詞文でも問題になりますので、また繰り返しとりあげます。 2.2.3 「対照のハ」という考え方 さて、「主題」を表す「は」のもう一つの意味合いについて述べましょう。 主題の「Nは」には、他のものと違ってこのNは、という含みがあることがよくあります。身の回りにある多くのものの中から一つを選んで、「これは」という時、自然に他のものとの対比が含まれているのです。 このことを重視して、「は」は、「主題」のほかに「対照」(あるいは「対比」)を表す、という説明をしている本も多くあります。 例えば、    これは私のですが、それは山田さんのです。 の二つの「は」は「主題」を示すのではなく、「対照」を示すというのです。 しかし、この本ではその考え方をとりません。「主題」の場合にも対比的な意味合いがあることが多く、上の「対照」を表す「は」というのは、その対比的意味合いが文の構造に補強されて強く現れたもの、と考えるからです。つまり、上の例のような「は」は常に主題を示し、「対照」という「別の用法」はないということです。  上の例も、次のように考えると、やはり「主題」であると考えられます。    これは私のですが、あれは山田さんのです。    これは私のです。けれども、あれは山田さんのです。    これは私のです。あれは山田さんのです。    これは私のです。そして、あれは山田さんのです。 この8つの「Nは」のどれが主題で、どれが対照なのでしょうか。初めの例を対照としてしまうと、あとの全部も対照とせざるをえません。文の中での役割、述語との関係はみな同じだからです。 すると、これらの文はすべて主題を持たないことになります。これは誤りです。特に最後の例の二つの文などは、それぞれ「Nは」について解説を加えている文と言わざるを得ません。 そこで、上の「Nは」はすべて主題であり、文の構造によって対比的意味合いを強く持たされているだけと考えた方が、一貫した説明になります。   以上の理由により、「対照」または「対比」という用語を「主題」と対立するものとして使うことは、この本ではしないことにします。 (ただし、一つの述語に対して二つの「は」がある場合はまた別の考慮が必要です。そのことは「8.ハについて」で述べます。) 2.3 ハ・ガ文 以上、ハとガの違いについてくわしく述べましたが、このハとガが一つの文の中に出てくる文型があります。日常的によく出てくる文型で、例えば次のようなものです。    1 あの人はご主人がドイツ人です。    2 このビルは1階がレストランです。    3 カキ料理は広島が本場です。         4 私は仕事が趣味です。       このような文型を特に「ハ・ガ文」と呼びます。この「が」は、前に「NがNです」として述べたような「焦点のガ」ではありません。  この文型は、主題の「Nは」に対して、「NがNです」の部分が解説になっています。 この名詞文の「ハ・ガ文」は初級の日本語教科書ではあまりとり上げられない文型です。初級段階の会話ではたしかにあまり使われない形ですが、中級以上になるとよく使われます。 名詞文のハ・ガ文は、それぞれの名詞の意味関係の型によって2つに分けられます。 全体を「AはBがCだ」と記号化すると、「AのB」という意味関係を含むもの(例1・2)と「AのC」のもの(例3・4)があります。    1’ あの人のご主人はドイツ人です。    2’ このビルの1階はレストランです。    3’ カキ料理の本場は広島です。    4’ 私の趣味は仕事です。  また、「AのB」のほうは、実際に使われるときに、「Bが」が他の名詞との対比的意味合いを持たされて、「Bは」となって現れる場合があります。    2” このビルは、1階はレストランです。(2階以上は事務所です)  「AのC」のほうは、「Bは」にはなりにくいです。    4” ?私は、仕事は趣味です。  この、例3・4のような文型になる「本場・仕事」のような名詞は、主題となる「Nは」の名詞の「重要な側面を表す」ような名詞です。  その中でも、上の例4のような名詞述語の場合に、名詞「B」のところが「節」になる例が多くあります。(→「57.2.8 名詞節を受ける名詞」)      私は日本語を教えるのが仕事です。   ハ・ガ文は形容詞文や動詞文(「NハNガ」の形になりやすいある種の動詞)に関してとりあげられることが多いようです。それについては、それぞれの文型のところでとりあげるほかに、「8.ハについて」でまとめることにします。 2.4 「Nも」 「NはNです」を導入する際に、「NもNです」の形も教えることが多いです。特に直接法の場合には、主題の「は」が元々持っている対比的意味合いを感じ取らせるのに有効です。 「も」はその前の文と述語が同じ内容で、同様のことが別の名詞についても成り立つことを表します。    これは山田さんのです。あれも山田さんのです。 まず「これ」について述べた後で、「あれ」について、同じことが言える、同様だ、という意味をつけ加えている感じです。これを「は」で言うと、まったくつながりのない、別々の文に聞こえます。    ?これは山田さんのです。あれは山田さんのです。  それぞれ独立した文として考えれば、問題のない文なのですが、このように並べてみると、第一の文の主題によって作られた話の流れの中では、第二の文はうまくあてはまらないということです。 ただし、あいだに他の述語が入れば、それとの対比として「Nは」が使える場合もあります。(これらの「Nは」は「主題」です。)    これは山田さんのです。それは田中さんのです。あれは山田さんのです。 もちろん、「そして」とか「けれども」などの接続詞を適宜使ったほうが自然ですが。  このように、「Nも」は、前の述語と同じ内容の述語が続くとき、その「Nは」のかわりに使われます。この「Nも」は「Nは」を受けているので、同じように主題を示します。 英語などからの類推によるものと思われますが、次のような誤用があります。    ?兄はテニス部です。兄も文芸部です。 この二番目の文で言いたかったことは、「兄は、テニス部の部員であり、かつ、文芸部の部員である」ということです。上に述べたように、「Nも」は「述語が同じ」場合に使われるので、この例のように主体が二つの述語に関して成り立つという場合には使えません。  そう言いたい場合には、     兄は文芸部でもあります。 のように「も」を「です」の中に組み込んだ形「でもあります」を使うのが一つのやり方です。このような「も」の使い方は「28.3 形式動詞」でもう一度とり上げることにします。  もう一つの方法は、     兄は文芸部にも入っています。 のように、「~部です」と同じ意味を表すような別の表現を使って、「も」をつけやすい形にします。ここでは、「~部に入る」を使って、動詞文の補語に「も」をつけています。このほうが「でもあります」より自然な言い方です。 [NもNも] 初めから頭の中に「これ」と「あれ」があり、「両方そうだ」という気持ちの場合は、最初の文から「も」を使うことができます。    これも山田さんのです。あれも山田さんのです。 これを一つの文にして、    これもあれも山田さんのです。 という形もできます。いま話題にしているものは全部そうだ、という意味です。 ここで、「NとN」とはどう違うのかという質問が生まれます。    これとこれは山田さんのです。  これはやはり「は」の文ですから、ほかのものとの対比の気持ちがあります。 「も」は対比ではなく、同類を並べるものです。(「NとN」は「5.9 並列助詞」を見て下さい。) 2.5 名詞文の否定と疑問 [否定文] 名詞文の否定文は、1.1 で述べたとおり、    AはBではありません でいいわけですが、小さな問題があります。これは少し硬い言い方で、実際の話しことばでは、    AはBじゃありません となるでしょう。これらは同じ意味で、「では」が発音変化を起こして「じゃ」になったものです。(同じような変化として、「それでは→それじゃ」「読んではだめ→読んじゃだめ」などがあります) [疑問文とその答え方] 疑問文は、文末に「か」をつけて、    AはBですか    これはあなたのかさですか。 とすればそれでよく、とても簡単です。(話しことばで文末の音声を上昇させること、いわゆるイントネーションの問題はここでは述べません。「42. 疑問文」を見て下さい。) それに対する答えは、肯定なら「はい」、否定なら「いいえ」をつけます。    はい、(これは)わたしのかさです。    いいえ、(これは)わたしのかさではありません。 日本語では(聞き手に)わかっていることは省略できるので、「Aは」を繰り返さずに、省略することができます。これは当たり前のようですが、学習者の母語によっては当たり前のことではなく、「Aは」を繰り返さないと気持ちが落ち着かないということがあるようです。 また、よく使われる言い方として、「そう」を使った答え方があります。    はい、そうです。    いいえ、そうではありません。 この「そう」は「あなたの言うとおりだ」ということを表します。表面的な文の形を見て、    AはBです:そうです だから、「そう」は「AはB」の部分に当たる、と考えてはいけません。次のような例もあります。それぞれの「そう」は何を表しているでしょうか。    「これはあなたのですか」    「はい、そうです」 (これは私のです)    「あれもそうですか」 (あなたのですか)    「はい、そうです」 (あれも私のです) (「そう」については「15.指示語」、「そうだ」については「42.疑問文」でまたとりあげます。) 疑問語を使う疑問文の場合も、「か」をつける点は同じです。    これは何ですか。 答えには、「はい」「いいえ」をつけず、疑問語のところに名詞を入れるだけです。    (これは)キウィです。 そして、これは重要なことですが、この「キウィです」という答えは、述語を備えた、立派な文です。これを単に「キウィ。」と答えると、名詞だけの、述語を省略した文になり、丁寧さなどを言い分けられないという点で不十分な文になってしまいます。(「文」の定義については、「補説§2」を見てください。)  例えば英語で代名詞を使わなければならない場合に、日本語ではその語を省略します。そのほうが日本語として自然な言い方です。  他の疑問詞でも基本的には同じです。     「あなたのはどれですか」「これです」     「日英辞典はどの本ですか」「この本です」     「誕生日はいつですか」「12月4日です」     「あの服はいくらですか」「2万円です」  前に述べたように「が」を使った文でも同じです。     「どれがあなたのですか」「これです」  (丁寧体でない、普通体の疑問文に関しては、「か」の使い方に注意が必要です。「42.2 疑問文の形式」を見てください。) [否定疑問文] 以上のように、日本語の疑問文はこれまで述べた範囲では単純なのですが、否定と疑問が重なる形、否定疑問文といわれるものは注意が必要です。    1 これはあなたの本ではありませんか。 この質問に対する答えは、質問のイントネーション、前後の文脈などによって変わってしまいます。    1a はい、私の本です。/いいえ、私の本ではありません。     b はい、私の本ではありません。/いいえ、私の本です。 の後の答えもありえます。ただし、質問というよりは「確認」に近くなっています。(「確認」については、「42.5 確認の表現」を見てください)  質問者が、「あなたの本」だと思っている場合。(1a)    「これは彼の机にあった本ですが、これは(実は)あなたの本ではありませんか。」    「はい、(ご推察のとおり)私の本です。」      (「いいえ、(とんでもない)私の本ではありません。」) 質問者が、「あなたの本」だと思っていない場合。(1b)    「あなたのだと思っていたけれど、ここに小さく彼の名前が書いてありますね。     そうなんですか。これはあなたの本ではありませんか。」    「はい、借りているだけで、私の本ではありません。」     (「いいえ、実は、それは私の本です。彼からもらったのです。」) 質問者の予想する答えが「私の本です」の場合は「はい、私の本です」となり、そうでない場合は「いいえ、私の本です」となると言えるでしょう。質問の受け手は、質問者がどのような答えを予想しているかを考えて、答え方を選ばなければなりません。 [Nも] 疑問や否定の中に「Nも」が出てくると、答え方が難しくなります。    これもあなたのですか。 という質問に、つい    いいえ、これも私のではありません。 と言いかねません。もちろん、    はい、これも私のです。    いいえ、これは私のではありません。 が正しい答えです。  否定疑問文に「も」が使われた形、    これもあなたのではありませんか。 などと言われると、とっさに答えるのは難しいことです。 この質問が出てくるような前後の文脈をはっきりさせてみると次のようになります。    「これはあなたのですか」    「いいえ、私のではありません」    「これもあなたのではありませんか」     「はい、これも私のではありません/いいえ、これは私のです」 となるか、あるいは、    「これはあなたのですか」    「 はい、私のです」    「 これもあなたのではありませんか」(これもあなたのですか)    「はい、これも私のです/いいえ、これは私のではありません」 となるでしょう。後の場合は、「~ではありませんか」という「否定疑問」が肯定の答えを予想したものなので、それがわからないと答え方が一層難しくなります。 2.6 名詞の修飾語 これまでの例文の中には、名詞の前に何かそれを修飾する言葉がついているものがありました。「この本」や「私の本」などです。まず、「NのN」からとりあげます。 2.6.1 NのN 「NはNです」のそれぞれの名詞は、修飾語を付けることができます。名詞が名詞を修飾する場合、「NのN」の形になります。  その表す意味関係はさまざまです。    私の本・手(所有関係)   私の姉・友達(人間関係)    机の脚・引き出し(部分)   机の大きさ・重さ(物と性質)    教室の机・窓(所在地)   日本の自然・天気(場所)    日本のテレビ・小説(生産国)    教室の中・隣(位置関係)  スポーツの前・後(時間関係)    英語の新聞・辞書(使用言語)   経済の本・話(内容)    木の机・紙の箱(材料)   三人の学生・2本のペン(数量)    医者の山田さん(職業・立場)   ひげのおじさん(特徴) この他にもさまざまな意味関係になります。初級の初めで出されるのは、このうちのわかりやすいものだけです。いろいろな意味関係を表しうるので、どの意味かはっきりしない場合も出てきます。例えば「日本語の本」というと、内容(日本語について)を表すのか、使用言語(日本語で書かれた)を言っているのか、あいまいになります。 所有を表す「NのN」の後のNは省略することができます。    これは私のです。    私のはこれです。 生産国の場合も省略できます。    この車は日本のです。(「日本車です」というほうが自然です)  そのほかの場合は、文脈ではっきり示されていなければなりません。    ?この辞書は日本語のです。    「辞書はありますか」「え、何語の?」「日本語のです」 この「NのN」については、「5.名詞・名詞句」でもう一度述べます。 2.6.2 連体詞・形容詞・副詞+N 「この本」の「この」は「連体詞」です。初級の初めによく出される連体詞としては、ほかに「大きな・小さな」や「こんな」などがあります。連体詞については「10.修飾」でもう一度触れます。 連体詞と「Nの」のほかに、初級の初めからよく使われるのは形容詞です。    大きい木  厚い辞書  おいしい料理    静かな町  親切な人  暇な日 上の列がイ形容詞で下の列がナ形容詞です。形容詞を名詞を修飾するこの形で最初に出すか、それとも述語として「~です」の形でまず出すかは教科書によって違います。イ形容詞とナ形容詞の違いをはっきり印象づけるためには、名詞修飾のほうが効果的です。形容詞は次の「3.形容詞文」でくわしく扱い ます。また、次のような文の特徴についても、形容詞文で扱います。      この辞書はとてもいい辞書です。 (この文は、述語の名詞「辞書」がなくても同じ意味になります!)  副詞によって修飾される名詞が少しあります。上下左右・東西南北などの位置・方向を表す名詞と、時間関係の名詞、そのほかのいくつかの名詞です。      もっと右/東   少し後   ずっと昔      かなり美人です   これらの副詞は「程度副詞」と呼ばれるものです。(→「11.副詞・副詞句」)  この種の名詞は、数量を表す表現によっても修飾されます。       1m下    1時間前  2.7 名詞文の補語  名詞文では、動詞文のようないろいろな補語はありません。形容詞文に比べても、種類が限られています。 [Nと]  次の「Nと」は必須補語です。これは形容詞文や動詞文にも共通するものです。    1 私は彼と友だちです。     ×私は友だちです。     2 あの人は田中社長と知り合いですか。  例1の「友だちです」は、述語が二つの名詞を必要としているのです。「友だちだ」ということを言うためには、二人の人が必要で、そのことを「私」を中心にして述べたのが上の例1です。このような「と」を「相互関係のト」と呼ぶことにします。 さて、1と2はそれぞれ次のように言うこともできます。    3 私と彼は友だちです。    4 あの人と田中社長は知り合いですか。 名詞文に現れる「Nと」にはもう一つ別の用法のものがあります。    5 私と彼は中国人です。    6 この本とあの辞書は田中さんのです。 のようなものです。この「と」を「並列のト」と呼びます。5は1のように     ×私は彼と中国人です とは言えません。5は、「私は中国人です」と「彼は中国人です」の二つを一緒にしたものと考えられます。  3と5は形だけを見れば同じようですが、意味は違います。「並列のト」はどんな名詞述語でも使えますが、「相互関係のト」は名詞が二つ必要な名詞述語に限られます。 「相互関係のト」をとる名詞述語は数が少ないです。     オーストラリアの季節は日本と反対です。     私は彼と犬猿の仲です。 「同郷・同期・同額・同僚・同類・いとこ同士」など、単語の中に「同じ」という形容詞の意味を含んだ名詞もこの「Nと」をとります。 「相互関係」の例は、ほぼ同じ内容を「と」を使わずに言うこともできます。     私は彼の友だちです。     あの人は田中社長の知り合いですか。 [Nで]  次の「Nで」は「基準」を表します。     これは三つで百円です。     今1ドルは日本円でいくらですか。  なくても文が成立するので、必須補語とはいえません。 [Nに]  これはかなり特別な例で、ほとんどありません。     このことはお父さんに(は)内緒だよ。  この「に」は「Nには」の形になることが多いようです。名詞を修飾する形にしても残ります。     お父さんには内緒の話  なお、     次の新製品開発はこれに決定です。     事故の件は部長に報告済みだ。     弟は母に頼りきりだ。 のような場合の「決定だ」「報告済みだ」「頼り切りだ」は、それぞれ「決定する」「報告が済んでいる」「頼り切っている」という動詞(句)の省略と考えます。  [時・範囲]  副次補語として、時と範囲を表す「NからNまで」が名詞文で使われます。    私は去年浪人でした。 (時)    きのう、東京から名古屋まで一日中雨でした。(時・空間の範囲)    この子は来年から小学生です。 (時間の範囲)  次の例では範囲の「Nで」が使われています。    今ロンドンでは1ドルは120円です。 (範囲)    彼はクラスの中で人気者です。  「Nには」や「Nでは」のように、一つの文の中で「Nは」以外に「は」が使われる場合のことは「9.ハについて」で述べます。   2.8 「ウナギ文」  「ウナギ文」とは変な名前ですが、次のような文に関してよく使われる名称です。      ぼくはうなぎだ。(店での注文)      私はバッハです。(好きな作曲家を聞かれて)      姉は女の子で、妹は男の子だ。(それぞれが産んだ子供)  名詞文が表せる事柄は、いろいろあるのですが、上の例のようなものはちょっと特別です。よく言われるのは、そのまま外国語に直訳すると変な文になる、ということです。「I am an eel.」などというのは変で、だから日本語は非論理的な言語だ、とさえ言う人もあります。もちろん、そんなことはありません。  ただ、学習者は日本語の文を反射的に自分のことばに翻訳して解釈することが多く、これらの文は理解しにくいことが多いので注意が必要です。  これらの文は、例えばかっこの中のような状況を考えると、十分意味が通じますし、よく使われる言い方です。その文法理論上の位置づけはともかくとして、教育上は、その意味内容に相当する他の表現を省略して言う形、と考えておくのがいいでしょう。      ぼくはうなぎ にする/を食べる/が欲しい/が食べたい      私はバッハ が好きです      妹は男の子 を産みました 2.9 その他の問題 [N+助詞 です] 名詞文の述語の「Nです」のNのところに「N+助詞」が入る場合があります。    会議は3時からです/4時までです。 このような「Nからです/までです」の形はよく使われます。他の助詞で、    この問題をです/先生にです/学校へです などとすると、動詞の省略とする分析が妥当ですが、「Nから/まで」の場合はごく自然に使われるところが違います。    この駅伝のコースは、東京から箱根までです。 [主題を補えない文] 次の文は初級の初めの方に出てくるものです。    「今、何時ですか。」「(今)3時です。」  日本語では「Nは」はよく省略される、と学習者に説明しますが、ではこの文ではどんな「Nは」が省略されているのか、と質問されると答えるのが難しい文です。  しいて言えば、「時間は」とか「時刻は」となるでしょうが、ふつうはそう言いません。「今は」と言うこともあるかもしれませんが、それが基本の形だとも言えません。  ある教科書では、国際線の飛行機内の会話として、    「東京はいま何時ですか」「8時です」 という例をのせていますが、これが基本の形だとも言えません。  事態の発生を告げる名詞文、というものがあります。次の例は、形容詞文の「3.4.2 現象文のガ」で説明する「現象文」の名詞文の例と言えます。    あ、停電だ!    雨だ!  これらも「何が?」と聞かれても困る文です。「で/てんきが」でしょうか。    火事だ! なら、「隣の家が」とか「向こうのビルが」ということばを考えることができます。  「いま何時ですか」のほうは、主題を表現しにくい主題文と考えられますが、この「現象文」の例は、名詞文としては例外的な無題文です。 [動詞から派生した名詞]  名詞文の基本的構造は、二つの名詞を「~は~です」が結びつけるものですが、述語のほうには純粋な名詞とは言いにくいものが入ることがあります。  すでに出てきた例では、補語の「Nに」のところに、     次の新製品開発はこれに決定です。     弟は母に頼りきりだ。 という例がありました。これらの述語の名詞は、動詞から派生した名詞、あるいは「スル動詞」(→ 4.4.6)の名詞部分です。その動詞の補語として「Nに」が使われています。  「決定」は「(Nに)決定する」という「スル動詞」です。  「頼り切り」は「複合動詞」の「頼り切る」の名詞形です。(→「26.6 その他」)  次の例では「原因のデ」が使われています。      試合は雨で延期/取りやめ です。      中央線は事故で2時間遅れです。  動詞あるいは「スル動詞」に接辞が付いて、それに「だ/です」が付いた形でも、本来の動詞としての補語をとることができます。          パソコンに新しいソフトをインストール中です。      机の上にかばんを置きっぱなしだ。  これらも、文全体の形ということでは名詞文です。 [自同表現] 次のような表現を自同表現と呼びます。      やはり子どもは子どもですね。考えることが幼いです。      小さくても辞書は辞書です。役に立ちます。      不満はあるかもしれませんが、決定は決定です。守ってください。  前の名詞は、その名詞が指すもの・ことがらそのもの(「外延」)を指し、後の名詞は、その名詞が持つ性質・特徴の面を表します。  「辞書は辞書です」の場合、前の「辞書」は、「辞書というもの」手に取れるような形を持ったもの、であり、後の「辞書」は、それが持つ性質、つまり、「言葉がたくさん並べられていて、説明があって、、、」ということを示しています。 参考文献 三上章 1953『現代語法序説』刀江書院(復刊 1972 くろしお出版) 三上章 1955『現代語法新説』刀江書院(復刊 1972 くろしお出版) 野田尚史 1996『「は」と「が」』くろしお出版  寺村秀夫編 1987『ケーススタディ 日本文法』桜楓社 西山佑司 2003『日本語名詞句の意味論と語用論』ひつじ書房  かねこ・ひさかず 1984「ト格の名詞と用言的な名詞とのくみあわせの問題から」『教育国語』79むぎ書房 佐藤里美 1997「名詞述語文の意味的なタイプ-主語が人名詞の場合-」『ことばの科学8』むぎ書房 高橋太郎 1984「名詞述語文における主語と述語の意味的な関係」『日本語学』 12月号明治書院 田中寛1989「「形式的」な名詞述語文」 研究会(MBK)資料 丹羽哲也 2004「コピュラ文の分類と名詞句の性格」『日本語文法』4巻2号 野田時寛 1985「名詞文の意味と構造」 『日本語学校論集』12東京外国語大学附属日本語学校 マーチン・ホウダ 1987「名詞述語・形式と用法-ポーランド語の例から-」『国文学』1987.2至文堂 森山卓郎 1989「自同表現をめぐって」 『待兼山論叢』23 大阪大学文学部 3.形容詞文 2019.02.09 15:45    3.1 形容詞               3.5 属性形容詞と感情・感覚形容詞    3.2 ナ形容詞文とイ形容詞文      3.6 形容詞文の補語     3.3 形容詞と名詞の区別      3.7 否定と疑問    3.4 形容詞文のハとガ       3.8 修飾語  以下でとりあげるのは、イ形容詞・ナ形容詞・名詞の区別の問題、ハとガ、とりうる補語、感情・感覚形容詞のこと、などです。 3.1 形容詞 形容詞文は、形容詞が述語として使われている文です。 形容詞は「1.基本述語型の概観」でも述べたように、意味の上からは人や物の属性を表すものと、人の感情・感覚を表すものの二種類に大きく分けられます。感情・感覚形容詞の特徴については、3.5でくわしく述べます。 また、形の上からはイ形容詞とナ形容詞の二つに分けられることもすでに述べました。これについてはすぐ後でもう一度くわしく述べます。 さらにもう一つ、形容詞はその使い方の上からも二つの面が考えられます。 形容詞が述語として使われたものが「形容詞文」ですが、形容詞は、述語として使われる以外に、名詞を修飾するという大きな役割を持っています。こちらのほうが本来の役割だということも言え、初級教科書ではむしろこちらが先に出されることも多いようです。    これはおもしろい小説です。    あの赤い自転車はだれのですか。    山田さんは親切な人です。    あのきれいな人は加藤さんの奥さんです。 この「名詞の前に置かれた時の形」が「-い」と「-な」であるところから「イ形容詞」「ナ形容詞」という呼び名が生まれたわけです。 3.2 ナ形容詞文とイ形容詞文 形容詞文の大きな問題は、何と言っても形容詞に二種類あり、その変化のし方が違うことです。それについての基本的なことを述べます。 形容詞文の基本的な型をもう一度。 ナ形容詞文 Nは Na です イ形容詞文 Nは Ai です まず、名詞文に似ているナ形容詞文から、例を見てみます。    この花はきれいです。    あの人は親切です。 その否定の形と、過去の形。    この花はきれいではありません。    この花はきれいでした/きれいではありませんでした。 このように、文の形にするとナ形容詞文は名詞文と同じような形になります。 次に、イ形容詞文を見てみます。    この本は高いです。    空は青いです。 肯定文(丁寧体)の場合は、イ形容詞文とナ形容詞文はよく似ていますが、否定文になると違いがはっきりします。    この本は高くないです。    東京の空は青くないです。 ナ形容詞文の否定の形は、名詞文と同じように「です」が「ではありません」に変化しますが、イ形容詞文の否定では、「です」は変化せず、イ形容詞自体が変化します。   きれいです→ きれいではありません   あおいです→ あおくないです つまり、同じ形のように見える「きれいです」と「高いです」は次のような違いがあるのです。   きれいです→ きれいだ+[丁寧](「だ」が「です」に変化)  たかいです→ たかい+「です」(「です」で丁寧さを加える) イ形容詞の場合は「高い」までが一つの単語で、「です」はそれに丁寧さを加えるものでしかありません。一方、ナ形容詞では「きれいです」全体が一つの単語で、「です」は「きれいだ」の「だ」の変化した形なのです。(形容詞の変化、または「活用」の問題は後でくわしく述べます。→「21 活用・活用形」) これは過去に関しても同様です。    きのうは暑かったです。 (あつくなかったです)    きのうの空はきれいでした。(きれいではありませんでした)    私は(去年)高校生でした。(高校生ではありませんでした) 以上をまとめて並べてみると、次のようになります。  イ形容詞 │ 暑いです  │ 暑かったです │ 暑くなかったです  ナ形容詞 │ 元気です  │ 元気でした  │ 元気ではありませんでした  名詞  │ 高校生です │ 高校生でした │ 高校生ではありませんでした そこで、形の面からは名詞文とナ形容詞文を一つにまとめる考え方も出てきますが、やはり意味の違い、つまりその文が何を表わしているのかという点での違いを大きく考えて別のものとします。 イ形容詞の否定の形にはもう一つ別の形があります。「-ないです」の部分を「-ありません」に置き換えた次の形です。   [Ai-くありません:Ai-くありませんでした]    今年の夏は暑くありません(でした)。 こちらのほうがやや「丁寧」あるいは「あらたまった」感じがします。日本語教育としてはどちらを教えてもいいと思いますが、ここでは「-ないです」の形にしておきます。そうする教科書が多いことと、そのほうが丁寧体から普通体への移行がやさしいからです。これは「文体」と「活用」のところでまた問題になります。 日本語教師は、自分の使っている教科書がこの二つの形のどちらを使っているかを忘れないようにして、その形で学習者に話しかけるようにしないと、学習者が混乱しますから、注意が必要です。 3.3 形容詞と名詞の区別 3.3.1 ナ形容詞と名詞 次に、名詞とナ形容詞との区別についての問題を考えてみます。 名詞とナ形容詞は、名詞の前に来た時の形が「-な」か「-の」か、で基本的に分けられます。ですから、    彼は病気です。 のように、意味的には形容詞のように感じられることばでも、名詞の前に置いた時に「病気の人、病気の時」のように「-の」になるものは名詞と考えます。 しかし、名詞の前の形がこの「-な」か「-の」かという区別の方法には例外が多くあるので、これだけを区別の基準とするのはよくありません。    いろいろな/の とくべつな/の わずかな/の    さまざまな/の べつな/の ざらざらな/の また、「~的」のついた言葉は、現在では「-な」の形が多くなりましたが、戦前の本を見ると、「-的の」の形をよく見かけます。 これらをナ形容詞とするか、それとも名詞とするか、名詞修飾の場合の「-な」か「-の」かということだけでは決めかねるところです。 名詞のもう一つの、そしてより重要な特徴は、「が・を・に」などが後ろについて補語になることですが、これらのことばはこの点で名詞とは言いがたいものです。「いろいろが~」とか「特別を~」とかの後を続けてふつうの文にするのは難しいでしょう。これらは、ナ形容詞のあるものが「~の」の形をとり得るという例外的なもの、としておくのがよいでしょう。 また、「本当だ」は「本当のN」となり、「×本当なN」という形はありませんが、名詞とも言えません(「×本当を話す」などの形がない。ただし「本当に」は副詞)。これは「-な」でなく「-の」になるナ形容詞、とするか、補語にならない名詞とするか、難しいところです。例外はどうしてもつきまとうものです。ここでは、一応「-の」になるナ形容詞と考えておきます。 3.3.2 イ形容詞とナ形容詞と名詞 まず、基本的な定義に対する例外から。 イ形容詞は、基本形が「-い」で終り、ナ形容詞は「-だ」で終わるものを言い、名詞の前ではそれぞれ「Ai-いN」「Na-なN」という形になるわけですが、そのどちらにもなるものがいくつかあります。    暖かい・暖かだ(名詞の前ではそれぞれ「暖かい・暖かな」)    柔らかい・柔らかだ    真っ白い・真っ白だ    四角い・四角だ これらはどう考えたらよいでしょうか。一つの単語が二つの品詞として存在し、それぞれの変化形を持っています。    柔らかい/柔らかな 日差し    柔らかかった/柔らかだった また、後の二つは名詞の前の形が「~の」にもなりうるのでやっかいです。    真っ白い/真っ白な/真っ白の 雪    四角い/四角な/四角の 箱 名詞を修飾する場合、イ形容詞は「-い」の形、ナ形容詞は「-な」、そして名詞は前に述べたように「Nの」になりますから、上の「真っ白の・四角の」は名詞と考えられるわけです。 この点では、「真っ白」と「四角」は性質が少しちがいます。「四角を~」の後にはいろいろな動詞が来られますが、「真っ白を~」は「真っ白(なの)を真っ黒に塗る」など、用例の範囲が狭いのです。つまり、「四角だ」は名詞述語ですが、「真っ白だ」はナ形容詞に近いようです。 初めの問題に戻って、「暖かい・暖かだ」の対に関して言えば、これらは一応一つの語が二つの品詞の形をとりえるもの、としておくことにしましょう。 そして、「四角」は三つの品詞の形をとり得るもの、としておくことにしましょう。「真っ白」はどうしましょうか。「真っ白の」の形を例外としておきましょう。 もう少し違うものとして、次のような対があります。    大きい・大きな 小さい・小さな    細かい・細かな おかしい・おかしな 一見、これらもイ形容詞とナ形容詞にまたがるものに見えますが、よく考えると、これらの「-な」の形は、基本形「-だ」の形、およびその変化がありません。(「×大きだ・おかしだ」) ですから、これらはナ形容詞ではなく、連体詞とみなされます。イ形容詞と似た意味を持つ「-な」の形の連体詞というわけです。これらの対の微妙な違いはよくわからないのですが、「-な」のほうが日常的な、慣用的によく使われる言葉になりやすい、ということが言われています。「小さな親切運動」「大きな顔をするな!」などのように。 3.4 形容詞文のハとガ 3.4.1 名詞文との比較 形容詞文の「Nは」と「Nが」の違いは、名詞文と似た面と、違った新しい面とがあります。名詞文のハとガの説明をもう一度思い出して下さい。では、まず名詞文と同じような違いを持つ場合から。    1 これは安いです。    2 これが安いです。    3 安いのはこれです。    4 これはどうですか。 (これは安いです。)    5 どれが安いですか。 (これが安いです。)    6 安いのはどれですか。 (安いのはこれです。) 例1の「は」と例2の「が」の違いは、名詞文の時に述べた違いとほぼ同じでしょう。(→ 2.2.1)例1は、「これ」についてその味を述べています(例えば例4のような質問の答えになります)が、例2は例5のような質問に対して、その答えとして「これ」を選んでいます。ですから、    2’ これです。 と短く答えても正しい答えになります。 名詞文との違いは、「Nが」を後ろに持っていくと、例3のように、形容詞と「は」の間に「の」が必要になることです。つまり、ほんの少し文型が複雑になります。それを避けるため、いくつかの中から答えを選ぶために「どれ」という質問をしたい場合、例3よりも例2を選ぶ、つまり名詞文の場合より「が」を使う必要性が高い、ということが言えます。 名詞文の場合は、「が」をつかわずに「は」で済ませることができました。「AがBです」の代わりに「BはAです」を使えばよかったからです。しかし形容詞文では、上の例のように「安いのは」の「の」が必要になります。    これが私のです。 → 私のはこれです。    これが安いです。 → 安いのはこれです。 この「の」は「NのN」の「の」とは働きが違います。「安いケーキ」という代わりに「安いの」となっているのだと考えると、この「の」は「名詞の代用」ということになるからです。 国文法では、この「の」を「準体助詞」と呼ぶことがあります。体言に準ずる助詞、ということでしょう。最近では「形式名詞」とすることが多くなっています。この本でもそうしています。       3.4.2 現象文の「が」 では次に、名詞文の「が」とはちょっと違った例を見てみましょう。    7 西の空が真っ赤ですよ。    8 空は青いです。    9 桜の花がきれいですねえ。(桜の木を見あげて)    10 桜の花はきれいです。 7と9の例は、これまでの「Nが」のような、「いくつかのものの中から選ぶ」という意味合いがありません。何かを見て、そのまま言葉で表現したものです。それに対して、「は」を使うと、8と10のように、そのものの一般的な状態を述べる文になります。形容詞文はものの状態を述べると言われますが、それは一般的な状態です。7や9のような例は少数派なのです。 7や9のような「が」は、「現在の一時的な状態の描写」の形容詞文の場合の「が」です。また、7や9のような文を「その時の現象をそのまま表現した文」という意味で「現象文」と呼び、この「が」を「現象文のガ」と呼ぶことがあります。現象文は、無題文です。形容詞文の多くは主題文ですが、無題文も珍しいものではありません。  なお、一つの文に「は・が」の両方が使われる「ハ・ガ文」は感情・感覚形容詞の後でまたとり上げることにします。 3.4.3 「も」と現象文     これはとても高い。あれもとても高い。 に見られるような「Nも」については、名詞文と同じです。 現象文の「Nが」を受けて「Nも」が使われることもあります。     「あ、西の空が真っ赤ですよ」「東の空も真っ赤ですよ」 この「も」の文も現象文でしょうか。「一時的な状態の描写」、ではありますが、それだけでは現象文とは言えません。     「あ、西の空が真っ赤ですよ」「東の空は真っ青だよ」 の後の文は主題文で、しかも一時的な状態の描写です。  さきほどの「Nも」の文は、西の空を頭において、「東の空も」と言っています。つまり「その時の現象をそのまま表現した文」とは言えません。他の観念が入っています。ですから、現象文ではなく、主題文と考えます。つまり、この「Nも」も主題を表すと言えます。 3.5 感情・感覚形容詞 3.5.1 属性形容詞との基本的な違い 形容詞を意味の面から分けると、大きく2つに分けられます。「形容詞」というのは、何かを「形容」する言葉です。「形容」というのは、「かたち」と「ようす」を表すことです。物や人の性質、例えば、「大きい、重い、速い、冷たい、丸い、きれいだ、にぎやかだ、おとなしい」などです。 もの(人)の性質や状態を表わす形容詞を属性形容詞といいます。ふつう形容詞といって頭に思い浮かぶのはこちらが多いでしょう。これまでの形容詞文の例文は、すべて属性を表わすものでした。 人の感情を表す形容詞もあります。「悲しい、うれしい、苦しい、いやだ、好きだ」など。それに、感覚の形容詞。「痛い、かゆい、まぶしい、眠い」など。これらもそのような感情や感覚の持ち主を「形容」しているわけです。 感情・感覚形容詞は、その表す意味の違い以外にも、属性形容詞との大きな違いがあります。一つは、主体の人称制限です。もう一つは、対象の「Nが」という補語をとり、「NはNが~」の形をとることです。 3.5.2 主体の制限 感情・感覚形容詞は、平叙文では、表せるのは話し手の感情や感覚に限られています。疑問文では聞き手の感情・感覚を問うことができます。      私は寂しいです。     ?あの人は寂しいです(か)?       頭が痛いです。      どこが痛いですか。 その他の人、いわゆる第三人称については、文末に何らかの表現をつけ加えて、話し手の推量・伝聞によるものであるか、話し手の「説明」であることを示すなどのことをしなければなりません。    彼は寂しいらしいです/寂しいそうです/寂しいでしょう/寂しいのです    彼はふるさとを恋しがっています この「-らしい・そうだ・だろう」は動詞など広く述語につく形式です。話し手が「彼」の気持ちを推量していることを示します。(→「38.推量」) 「寂しいのです」の「-のです」は「説明」と言われるものです。(→「40.4 状況説明」) 「-がる」は、この感情形容詞や「V-たい」(希望を表す)などの、人の気持ちを表す表現に接続して、それが外に現れていることを示す接辞で、逆に言えば、この「-がる」がつくことが感情形容詞であることの証拠の一つになります。(→ 27.6.4)ただし、例外はあります。 この「主体の制限」がなくなる場合があります。まず、小説などでは、作者が登場人物の内面に入り込むことができるので、三人称でもこれらの形容詞を使うことができます。    和夫は、それを聞いて、とてもうれしかった。    二人は、今、のどから手が出るほど金がほしい。しかし、この金に手をつけることは       できないのである。 また、連体修飾の場合は、文末と違ってこの制限が消えます。    この券が欲しい人は、事務室へ来て下さい。  3.5.3 感情・感覚の対象の「Nが」  感情・感覚形容詞は、対象として「Nが」をとるという点でも、他の形容詞と大きく違います。 この「が」は、今まで「ハとガ」の違いとして話題にとりあげてきた「が」とは少し違います。    私はふるさとが恋しいです。    私は彼の言葉がうれしかったです。    私は足が痛いです。    私は胸が苦しいです。 この「Nが」は大きく二種類に分けられます。   ①感情・感覚の対象を示すもの。    ふるさとが恋しい  その言葉がうれしい   お金が欲しい     とげが痛い   太陽の光がまぶしい  ②感覚を感じる体の部分    足が痛い   胸が苦しい   背中がかゆい  足元が寒い ただし、この「Nが」が使われないこともよくあります。    私はとても眠い/楽しい です。 次の例では「Nが」があります。    卒業式の長いスピーチが眠くてたまりませんでした。    あの雰囲気がとても楽しかったです。 主体は、平叙文では話し手、疑問文では聞き手に決まっているので省略されることが多いです。(→ 3.5.4)  属性形容詞の例では、一つの文に「Nは」か「Nが」のどちらか一つしか現れなかったのですが、この場合は一つの文に両方あります。感情・感覚の持ち主、硬いことばで言えば、「主体」となる「Nは」があり、そして「Nが」はその感情の対象となるものか、あるいは感覚の部位を示しています。  このように「は」と「が」が一つの文に出てくることについては「ハ・ガ文」の問題として、後で(→ 3.6.1)もう一度とり上げます。 3.5.4 属性形容詞としての用法  感情・感覚の対象が、一般的にその性質を持つものと見なされると、属性形容詞としての用法になります。    太陽はまぶしいです。    練習は苦しいですが、試合は楽しいです。     バラはとげが痛いです。(バラの性質)      cf.(私は)ここに刺さっているとげが痛いです。(私の感覚)   3.6 形容詞文の補語 形容詞文の基本の型は、    Nは A-です (属性形容詞)    Nは Nが A-です (感情・感覚形容詞) ですが、そのほかにもいくつか補語をとります。 形容詞文の補語は、名詞文よりは種類が多いのですが、動詞文ほど多くはありません。必須補語は「Nに」「Nと」「Nから」そして「Nが」です。これらのどれをとるかによって、形容詞を文法的側面から整理分類することができます。ある形容詞がいくつかの分類に入るということも、もちろんあります。 3.6.1 「Nが」:ハ・ガ文 形容詞文で「Nが」は「主体」「対象」「部分・側面」を表します。「対象」「部分・側面」の場合は、「主体」の「Nは」があるので「NはNが」の形、つまり、名詞文の所でもとりあげた「ハ・ガ文」の形になります。 [主体] 形容詞文の性質や感情の持ち主、主体は「Nが」で表されます。つまり、すべての形容詞が「Nが」をとるのですが、「ハとガ」のところで見たように、主題文になるので、ふつうは「Nは」になります。 「疑問語+ガ」や、現象文の場合には「が」が使われます。    どれがおいしいですか。    青い空がとてもきれいです。  複文の一部になった場合、主題文ではないので「が」が現れます。    この方法は正しい。    この方法が正しいことは、みんなが知っています。 [対象]    私は今時間が欲しいです。    あなたはどこが痛いですか。    この曲がとても好きです。 「対象」が「Nが」で表され、「ハ・ガ文」になります。これは感情・感覚形容詞のところでも述べましたが、そのほかに次のような能力・巧拙に関するものがあります。    彼女はテニスが上手です/下手です。    吉田さんは暗算が得意です/苦手です。    この子は動物の絵がなかなかうまいです。 「その対象に関して~」という意味関係です。 [部分・側面] もう一つ、名詞の「ハ・ガ文」に近いもので、「Nは」の部分または側面を表す「Nが」があります。多くの形容詞がこの「Nが」をとることができます。これは日常よく使われる文であり、また文法研究の中で長く問題になってきた文型です。    象は鼻が長いです。    彼女は髪が長いです。    スピーチは終わり方が難しいです。     この辞書は紙が薄いです。      cf. この辞書は薄いです。  以上の例では「Nが」がないと、文が成り立たないか、意味が違ってしまいます。この「Nが」を「部分」とします。 それに対して、次の例では「Nが」がなくても同じです。    ヘビは身体が長いです。(ヘビは長いです)    彼は性格が素直です。 「丸い」とは「形が丸い」ことですし、「赤い」とは「色が赤い」ことです。このように形容詞が表しているものの側面を「Nが」で表すことがけっこう多くの形容詞でできます。これらの「Nが」を「側面」と呼んでおきます。 「部分」と「側面」は、述語との関係という点では「主体」と同じです。言い換えれば、「対象」などのような主体と対立する補語でもなく、「基準」のような主体と別の補語でもありません。 以上の例で、「AはBが~」のAとBの関係は「AのB」になっています。 次の例は「部分」とも「側面」ともまたちょっと違うようです。   1 私はあしたが暇です。   2 私はあした暇です。 2では「あした」はたんに時を表すだけですが、1では「いつが暇か」の答えとして、「あしたが」が焦点になっています。これは、    [私が暇なの]はあしたです のような複文構造を考え、そこから1の形を導くという可能性がありますが、ここではこれ以上議論しません。 3.6.2 「Nに」 「Nが」以外でいちばん多いのは「Nに」です。表す意味の面からいくつかに分けられます。 [存在の場所]    日本に火山が多い/平野が少ない/核兵器がない これは、動詞文の中の「存在文」に近いものです。所属する形容詞は非常に限られています。(→「4.3.7 存在文」)  形容詞文は基本的には主題文ですから、上のような「は」の使われない形は、そのままでは安定しません。    ?日本に火山が多いです。 主体の「火山」、場所の「日本」のどちらかが主題になると安定します。     日本には火山が多いです。     火山は日本に多いです。  「Nには」の「に」は省略可能で、「NはNが」の形になります。     日本は火山が多いです。 形容詞の「ない」は動詞「ある」の否定の形を補う役割があります。     私(に)は金がない/子供がない 「に」は省略可能で、「NはNが」の形になり、     私は娘が二人ある(→ 4.3.12) という文型の否定に当たります。この「Nに」は抽象的な存在の場所と考えておくことにします。 [対象](に対して) この用法は種類が多く、学習者にとって難しいところです。    対人的な態度   人に優しい/親切だ/甘い/厳しい/失礼だ    物事に対する態度   仕事に熱心だ/その意見に反対だ    能力・性質    計算に強い/法律に詳しい/熱に弱い 「に対して・に関して」などの意味になります。    対人感情   山田さんに申し訳ない/悪い  これは主体が話し手に限られます。     ×田中さんは山田さんに申し訳ない。 [基準]   これも、何についての基準かによっていくつかに分けられます。 ・比較の基準     これに 等しい/そっくりだ (これと)  「Nと」で置き換えることができますが、「Nと」とは違って比較の仕方が相互的ではありません。(すぐ後の「Nと」を見てください)  「Nに」の名詞が基準になっていて、「Nは」の名詞がどうであるかを述べています。     息子は父親にそっくりです。     君の答えは正解に近いが、少し違う。 ・主観的評価の基準(にとって)     可能性・難易   これは私には 無理だ/難しい/不可能だ/やさしい     不適合   この服は私には少し 大きい/そでが長い/派手だ  「Nには」となりやすいのが特徴です。最後の例の「そでが」は「部分」です。「不適合」のほうはかなり多くの形容詞があてはまりそうです。     適切さ   この仕事は君に ぴったりだ/ふさわしい/適当だ 「君はこの仕事に」「この仕事は君に」のどちらも可能です。「Nには」としなくても安定します。     必要性   彼女はこの仕事に 必要だ/大切だ/不可欠だ ・距離・位置の基準(に対して)     駅に近い(駅から/と)  地面に垂直だ  後の「Nから」も見てください。 3.6.3 「Nと」:相互関係  二者の関係を表す形容詞の必須補語です。「Nと」をとる形容詞の数は少ないです。「Nと」は相互的なもので、「AはBと~」ならば必ず「BはAと~」と言えます。また、「AとBは~」とも言えます。このどれを使うかは、話の流れの中で何が主題になっているかによります。    xはyと等しい:yはxと等しい:xとyは等しい  この文の前で、xの話をしていれば、「xは」。yなら「yは」。両者を同等に扱っていれば「xとyは」となります。    これはあれと同じです。    彼は有名な映画俳優と親しいです。    彼は兄とそっくりです。 なお、「同じだ」は名詞修飾の形が「-な」にならない例外的なナ形容詞とします。    彼と同じクラスになりました。(×同じなクラス) 3.6.4 「Nから」 距離の表現の基準点を示します。    彼女の家は彼の家から近いです。    私のアパートは駅から遠いです。 「に近い」と「から近い」はどう違うのでしょうか。     彼の家は海岸に近い は自然ですが、   ?海岸は彼の家に近い というと少し変です。「に近い」は基準となる(大きな・重要な)Nに他のNが従属的な感じですが、「から近い」は単に距離の基準を示すだけです。    海岸は彼の家から近い 「から」は「遠い」にも使えます。「に」は「遠い」とは使えません。    ×私のアパートは駅に遠い    「Nから」を省略して、     彼女の家は遠いです。 のように言うと、「ここから」の省略と解釈されます。 3.6.5 副次補語 形容詞文で多く見られる副次補語は「Nで」です。場所を表すものと、範囲を表すものがあります。     山形ではサクランボが有名です。 (場所)     北海道では夏が短いです。     果物ではミカンが好きです。   (範囲)     四人姉妹の中で末の娘がいちばんきれいです。 「NからNまで」の形で場所と時の範囲を表す表現が使われます。     関東から東北まで毎日暑いです。     南極では1月から12月までずっと寒いです。   時を表す表現はもちろん形容詞文でも使われますが、動詞文でよく見られる「2時に~した」のような時刻を表す表現はありません。状態を表す述語に合った、時の長さを表す表現でなければなりません。     私は明日、朝から晩まで一日中暇です。  「明日」のような「に」を使わないものはいいのですが、「3日に」は使えません。「3日は」としなければなりません。     ×私は3日に一日中暇です。      私は3日は一日中暇です。  原因を表す「Nで」を使える形容詞は少ないです。     今日は仕事で忙しいです。  なお、形容詞文でよく使われる「Nより」は「17.比較構文」の要素として取り扱います。     離婚は結婚より難しいです。 以上、形容詞文の補語を、不十分ですが一通り見てみました。 3.7 形容詞文の否定と疑問 3.7.1 否定  形容詞文の否定の基本は、前に見たとおり、      きれいです → きれいではありません      大きいです → 大きくないです(大きくありません) ですが、微妙な意味を表すための二つの方法について付け加えておきます。副詞と部分否定の問題です。  まず、否定文と共に使われる副詞があります。      あまりきれいではありません。      そんなに大きくないです。      ぜんぜん/まったく/少しも 安くないです。  「ぜんぜん」などは全部否定です。特に問題はありません。  「あまり」も「そんなに」も、程度が低いことを表しますが、「そんなに」は、誰かの考えまたは予想に反して、という意味合いがあります。      安いとは思いますが、あまり安いとは思いません。      安いとは思いますが、そんなに安いとは思いません。  「あまり」は単にその程度が大きくないこと(ここでは「安くない」こと)を言うので、上の文は不自然です。  形容詞は、名詞や動詞と違って、反対概念が対になっているものが多くあります。長い・短い、重い・軽い、暑い・寒い、高い・安い、など。  そのため、否定が反対概念を示すことがあります。例えば、      面白くない → つまらない      おいしくない → まずい  もちろん、「高くない」が必ずしも「安い」を意味せず、「まあまあの値段」であることもごく普通のことです。 この、反対概念を示さないことをはっきり表す、次のような言い方があります。      高くはないです。 イ形容詞の場合は、      Ai-く+ は +ないです/ありません となります。 ナ形容詞の場合は、          暇ではありません。 のようにもともと「は」が入っています。 「安くない+高くない」ということを言いたい時は、      安く(は/も)ないです が/し、高くもないです。 のように「も」を使うこともできます。(「が」や「し」については、 「47.逆接」「46. 並列」をみてください) ナ形容詞では、      忙しく(は/も)ないですが、暇でもありません。 という「でもありません」の形になります。これらの「は」「も」の用法については「28.3 形式動詞」でもとりあげます。 3.7.2 疑問文・疑問語  基本的な疑問文は、名詞文と同じように文末に「か」を付けるだけですから、特に問題はありません。しかし、疑問語を使う場合は注意すべき点があります。 名詞文に対応する疑問語は、例えば、    これはワープロです。 これは何ですか。    これは私のです。 これはだれのですか。    和英の辞書はこれです。 和英の辞書はどれですか。    誕生日は5月1日です。 誕生日はいつですか。 などのようになり、特に問題はありませんが、形容詞文の場合は適当な疑問語がありません。    この辞書は大きいです。 に対する疑問語は何でしょうか。    この辞書はどうですか。 とすると、大きさだけを聞いているとは言えません。色・形・長さ・厚さなどのどれについても「どう」が使えますし、その場合も、それぞれの性質の度合いを聞いているというよりは、例えば、「大きいけれども持ち運びに不便ではないか」のような、その人(目的)にとって「良いものかどうか」を聞いている場合が多いようです。 連体修飾の場合は、    私のかばんは赤いかばんです。    あなたのかばんはどんな(色の)かばんですか。 のように「どんな」が使われます。    田中さんはどんな人ですか。 の答えは「やさしい」「背が高い」など、まさにその人を「形容」することばが出てきます。    田中さんはどうですか。 とすると、やはりあることをさせるのに適当かどうか、人選をしているような感じがします。 3.8 形容詞の修飾語  形容詞の修飾語は副詞です。程度を表す副詞が使われます。      とても/ひじょうに/かなり/すごく 高いです。      すこし/ちょっと/いくらか/多少 難しいです。      ずっと/もっと 新しいです。      あまり/そんなに/ぜんぜん/まったく よくないです。 最後の行は否定とともに使われるものです。これらの副詞は「11. 副詞」でその他の副詞とともにとりあげます。  疑問語は「どのくらい」が使われます。それに対する答えとして、上の副詞を使うだけなら簡単ですが、他のものと比べてより正確に表現しようとすると、「比較」の文型が必要になります。(→「17. 比較表現」)      北京はどのくらい寒いですか。      北京は かなり寒いです/あまり寒くないです。      北京は東京よりずっと寒いです。      北京は札幌と同じくらい寒いです。